|
|
| お気に召さないときは止めてください。 |
|
「致道博物館」 ●入館料:大人/700円 学生/380円 小中学生/280円 |
| ------------------------------------- No.210 致道博物館 No.210 Chido museum Yamagata-Ken /Beautiful Japan Photo:23pieces/GreenSeason ♪=チャイム ◆復元移築建物、旧渋谷家住宅 ◆旧鶴岡警察署庁舎、旧西田川郡役所、御隠殿 ◇博物館、県重要文化財、建築物 出かけませんか?CandyBox 210-Copyright(c) Candybox All Rights Reserved. -------------------------------------- |
![]() |

![]() |
重用文化財-旧西田川郡役所 明治13年(1880)6月に当市の大工棟梁高橋兼吉、石井竹次郎が初代県令三島通庸の命によって着工し、翌14年5月に完成した建物である。同年年秋、明治天皇東北御巡幸の折には行在所(御宿舎)にあてられた。 創建当初は市内馬場町(現在の消防署)に南向きに偉容を誇っていたが、永く保存するため、昭和47年当館に移築復元したものである。(付属建物として議事堂、用務員室があった。) この建物は明治開花期に外国の影響を受けた擬洋風建築で、外装は簡素ながら、均整のとれた意匠を示している。上げ下げ硝子窓、玄関柱は柱脚台と頸巻繰形でバランスをとり、、軒先廻りの化粧陵棰などはルネッサンス風で、また二階の釣階段は鹿鳴館時代を偲ぶことwが出来る興味深いものである。 -パネルより- |




| 御隠殿(ごいんでん) ここの土地は酒井氏入国当時 元和8年(1622)から藩の御用屋敷で、慶安年間(1648-1651)には三代酒井忠勝の次男忠俊の住居があった。 現存する建物は、幕府の文久三年(1863)11代忠発の時に藩主の隠居所 御隠殿として建てられたものである。奥の座敷では「能」を演ずることができるように、きれいな床板が張られ、床下には音響をよくするために大きな甕が並び据えられていたといわれる。 玄関と奥の座敷が当時の建物の一部で、大名屋敷の広壮な面影を偲ぶことが出来る。 |
![]() |





![]() |
重要文化財-旧渋谷家住宅 田麦俣多層民家 東田川郡朝日村田麦俣は湯殿山麓の村落で、全国でも有数の豪雪地帯である。江戸時代には出羽三山参詣のための道者宿をしたり、強力や馬子をつとめて生活していたが、明治維新後、宗教集落的性格を失ない、わずかの田畑を耕し、養蚕と炭焼きを生業とするようになった。 この地方の代表的な当建物はそのため創建当初の寄棟造の破風窓のある妻の部分を切り取り、養蚕場として十分な採光通風の窓(高はつぼう)としたので、現在のような美しい輪郭と反りをもった「かぶと造り」という独特な外観の民家ができ上がった。 この民家は、部屋の天井を高くし、高窓を設けるなど雪国らしい手法がみられ、構造は上屋柱と下屋柱からなり、小屋はさす組、軒はせがい造りである。 近年の急激な生活様式の変化によって消滅寸前であったため、昭和40年当館に移築復元したものである。 -パネルより- |


| 山形県有形文化財-旧鶴岡警察署庁舎 この建物は旧西田川郡役所と同じ当市の大工棟梁高橋兼吉が設計し、市内馬場町(現在の物産館前)に、工費5,346円20銭をもって明治17年5月起工、同年11月に完成した。 昭和32年鶴岡警察署移転に伴ない、建築士会が中心となって当館に移築復元したものである。 この建物は外部窓廻りなどにルネッサンス様式を模しているが、屋根の大棟、破風妻飾りなど在来様式をも巧みにとり入れ、明治初期の擬洋風建築として独得の形態をもっている。 初代県令三島通庸が明治新政府の威容を表わすべく建築したといわれ、木造入母屋造の堂々たる外観を示している。 |
![]() |

