今日のお散歩は、上野東照宮と、不忍池(しのばずのいけ)です。 お付き合い下さい。

上野 東照宮
私はこんなに近くに 歴史的建造物が在ったのを知りませんでしたが、
祈願した絵馬を見ると十カ国語くらいあり、外国の方には知れた場所であることがわかりました。
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家康公御遺訓

人の一生は重荷を負って遠き道を行くが如し、
いそぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。
心にのぞみおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の墓。
怒は敵と思え。
勝つ事ばかり知って負くる事を知らざるば、
害、その身に至る。
己を責めて人を責むるな。
及ばざるは過ぎたるより勝れり。
* * * * *
慶長8年正月15日 家康
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上野東照宮は、上野公園の中にあります。 上野公園は、元は寛永寺の敷地でした。寛永寺は、寛永2年(1625)
徳川家の菩提寺として天海僧正によって建てられましたが、 その天海僧正が藤堂高虎と共に、徳川家康の遺言により、寛永4年(1627)に
この地に家康(東照権現と呼ばれていた)を奉る東照宮を造営したそうです。 その後、慶安4年(1651)に三代将軍 家光が総金箔の金色殿に大改築しました。
東照宮といえば日光が有名ですが、日光東照宮は、上野東照宮が造営される約8年前の元和3年 (1617)に、 二代将軍秀忠が父家康を奉るために造営しましたが、やはり三代将軍 家光によって 寛永13年(1636)に現在のような絢爛豪華な建物に建て替えられました。
上野東照宮も小規模ながら日光東照宮を偲ばせる豪華な建造物です。
現在はさすがに総金箔というわけにはいきませんが、それでもあちこちに昔の金箔の名残が見て取れます。
■所在地:台東区上野公園 9-88
■電話:03-3822-3455
■拝観料:大人/200円くらい |
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★唐門(唐破風造り四脚門)
-慶應4年(1651)建築。明治40年国宝指定。
総金箔の門で、両側上部にある松竹梅と
錦鶏鳥の透彫は殊に室町、桃山の技術を
集大成したものとして評価されている。
柱内外4額面には、不忍池の水を飲みに
行ったという左甚五郎作の昇り竜、降り竜が
あり講談などで馴染み深い。
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縁起:元和2年(1616)2月4日 見舞いのために
駿府城にいた藤堂高虎と天海僧正は、危篤の
家康公の病床に呼ばれ、神君より三人一処に
末永く魂鎮まるところを造って欲しいと遺言された。
藤堂家の屋敷地である上野の山に、寛永4年
(1627)東照宮を造営した。家光将軍は、この
建物に満足せず、慶安4年江戸の象徴金色殿
として改築した。‐冊子より-
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この壁紙の中の小さい写真は、1ヶ月半前(紅葉前)に拝観した時のものです。建物内は撮影禁止でした。
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★透塀-慶安4年(1651)建築。
明治40年国宝指定。総金箔の門で
あったが、国の予算がないまま現在下
地漆塗りに留めている。上下にある彫
刻もすべて極彩色で、上欄には花木
山禽、下欄には水草鳥魚をあしらい
その数約300枚あったが、現在250枚 |
人と比べると、大きさがわかります。 |
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★拝殿-慶安4年建築。明治40年国
宝指定。間口7間、奥行き3間で日光
に次ぐ結構である。幣殿、本殿とともに
銅板葺き屋根である。
金色殿は中尊寺と、ここだけである。 |
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★銅灯篭-慶安4年諸大名奉納。
昭和17年国宝指定。
このうち1基だけ、寛永4年の銘があり、藤堂高虎
(寒松院)が、家康公13回忌の折に神前に寄進
したもので型が南円堂型で興味深い。
★石灯籠-慶安4年奉納約200基。
寛永年間奉納17基、
文化、文政、享保年間奉納25基で、
諸大名の寄進。
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写真では良くわかりませんが、かなり歴史を感じる、
かなり傷んだ建物でしたが、この秋から、10年くらいの
歳月をかけた大改修工事が始まるそうです。
-説明文は拝観時戴いた冊子を参考にしています- |
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■上野の森で再会■
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グレゴの音楽一座 ご存知ですか?

私が一方的にですが、5年ぶりの再会でした。
井の頭公園では少し気難しそうなイメージでしたが
今回は、自己紹介や、楽器の紹介などをして
フレンドリーな方だったことがわかりました。
ワールドライブパフォーマンスされていますが
演奏スタイルは5年前と どこも変わらず、
素晴しいと思いました。
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グレゴ音楽一座のHP
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弁 天 堂
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不忍池に浮かぶ 弁天堂
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弁天堂 BENTEN-DOU
江戸時代は池の周囲に水茶屋が並び
町民の遊び場でした。
不忍池弁天堂は寛永寺の境外祠堂で
寛永年間(1624~44)に常陸下館城主
水谷伊勢守が中島を築き堂を建てて
弁財天を祀ったのに始まります。
現在の堂は昭和33年の再建です。
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不忍池を枯れた蓮が埋め尽くしています。 .jpg) |

不忍池(SHINOBAZU-NO-IKE)
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猫ちゃん、獲物を見つけたようです!
だんだん速度を上げて それっ!!!
!!!!
残念!獲物に逃げられてしまいました。 |
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すずめが、セミのように・・・
この木の根元に、おじさんがお米を撒いていたからです。
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上野の森、弁天堂、不忍池の枯れた蓮 .jpg) |

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この先に並んだ露店
骨董市をのぞいているうちに
あたりは暗くなっていました。
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