919 富岡八幡宮
東京都(Tokyo-To)
12/07/14 Sat .


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富岡八幡宮を訪ねました。
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No.919 富岡八幡宮
No.919 Tomioka Hachimangu
Tokyo-To /Beautiful Japan
Photo19pieces/GreenSeason
♪=ピーチェリン・ラグ
◆勧進相撲の発祥地
◆木遣り発祥地
◆江東区無形民俗文化財登録
◆東京都無形民俗文化財指定
◇神社
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御祭神
応神天皇(誉田別命) 外8柱
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| 御由緒 |
富岡八幡宮は寛永4年(1627年)、当時永代島と呼ばれていた現在地に御神託により創建されました。周辺の砂州一帯を埋め立て、社地と氏子の居住地を開き、総じて六万五百八坪の社有地を得たのです。世に「深川の八幡様」と親しまれ、今も昔も変わらぬ信仰を集める「江戸最大の八幡様」です。
江戸時代には、源氏の氏神である八幡大神を殊の外尊崇した徳川将軍家の手厚い保護を受け、明治維新に際しては朝廷が当宮を准勅祭社に御治定になり、勅使を遣わされ幣帛を賜り、新しい御代の弥栄を祈念されました。
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富岡八幡宮

〒135-0047 東京都江東区富岡 1-20-3
TEL 03-3642-1315 FAX 03-3642-5580 |

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勧進相撲発祥地 |

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←若乃花勝さん・貴乃花光司さんのお名前が
下の段で確認できます。 |
横綱力士碑
◇建立:明治33年
◇重量:約5,500貫(約20トン)
当宮では貞享元年(1684)に幕府の公許のもと初めて勧進相撲が行われた事により江戸勧進相撲発祥の地として知られるようになりました。
初代明石志賀之助からの歴代横綱の名が刻まれたこの碑は、第12代横綱陣幕久五郎が発起人となり各界の協賛を得て奉納されたものです。
なお、正面参道・大鳥居手前左には「大関力士碑」が、建立されていますが、こちらのページに画像はありません。 |
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安政四年正月
両国回向院に於いて六角力
興業二日間の取り組みあり |
歴史と文化を考えよう
(上記と重なりますが、別のパネルです。)
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江東区指定有形文化財(歴史資料)
横綱力士碑 附 陣幕・不知火顕彰碑二基 日月石寄付碑 地固め寄付碑
土台石垣 魚かし石柱二本 土台下玉垣
この横綱力士の顕彰と相撲の歴史を伝えるため、江戸時代最後の横綱第12代陣幕久五郎が中心となり、明治33年に建てられました。
古くから庶民に親しまれてきた相撲は、江戸時代には幕府公認の勧進相撲(神社修復などを目的に実施)へと発展し、大坂・京・江戸で興業として開催されました。幕府がはじめて江戸での勧進相撲を認めたのは、貞享元年(1684)の富岡八幡宮境内でした。その後、明和年間(1764〜71)には、春・秋二場所のうち一場所がこの地で開催され、享和元年(1801)までに本場所31回を数えました。その意味で、富岡八幡宮は江戸勧進相撲の発祥地といえます。
偉容を誇る横綱力士碑は、同時期に建てられた陣幕・不知火顕彰碑や周辺の石造物(魚かし石柱、土台下玉垣は大正末ごろ)とともに、相撲と地域のつながりを示す貴重な文化財です。
平成16年2月 江東区教育委員会 |
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富岡 1-20-3 富岡八幡宮
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七渡神社 |
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七渡神社へ |
| 狛犬 |
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狛犬 |
七渡神社
御祭神 市木嶋姫命 例祭日 6月17日
七渡弁天と親しまれる八幡様の地主神。
八幡宮が創祀される以前から祀られる地主神。
関東大震災・東京大空襲の災難もくぐりぬけ、
このときに弁天池に避難した人は一命を取りとめたと
いいます。また、ご祭日にはお使いの白蛇が出てくるという話もよく聞かれ、神社の職員も度々目にするらしいです。@@! |
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弁天池 |
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亀
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錦鯉
寄贈者

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富岡宮司
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木遣り |
木場の木遣りの由来

「木場の木遣り」の発祥は古く、現存の文献によれば、既に慶長初期の部会に行われている。 当時、幕府のお船手の指図で、伊勢神宮の改築用材を五十鈴川より木遣りの掛け声で水揚げをした。とある。元来、神社仏閣の鳥居や大柄な用材を治める場合には木場木遣り特有の「納め木遣り」が用いられ、保存会により今日に伝えられている。
元禄の始めには、武家屋敷の並ぶ両国の七つ谷の倉の間部河岸という所で三代将軍家光公に筏の小流し(さながし、筏組)、角乗り、木遣りをご覧に入れ、以後年中行事となった。この時、川並みという言葉が発祥したと伝えられる。
明治12年、米国のグラント前大統領が来日の際に、木遣りは角乗りと共に上野の不忍池で天覧の栄に浴している。
江戸の昔より正月二日から七日に掛け木遣りにて初曳きし、材木やさんに売り捌くのを年中行事としていた。 |
江東区無形民俗文化財登録
東京都無形民俗文化財指定
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立札、HPを参考にしました。

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