n064 鷲(おおとり)神社/下谷神社
東京都(Tokyo)
2014/03/15 Sun .


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♪「ソナチネアルバム」
ピアノ  バージョンです♪

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鷲(おおとり)神社



前途福詳
国際通りに面した 一日も早い復興を願う 浅草酉の市の大熊手


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No.n064 鷲(おおとり)神社/下谷神社
No.n064 Ootori Jinja / Shitaya Jinja

Tkyo-To /Beautiful Japan
Photo27pieces/GreenSeason
♪=ソナチネアルバムより 
◆ なでオカメ、酉の市
◆ 叶鷲、樋口一葉句碑
◆ 風水 下谷神社招き猫
◆ 寄席発祥の地
◆ 八社福参り
◇神社、稲荷
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朱塗りの大鳥居

鷲宮

天保10年建立の小鳥居



〒:111-0031
東京都台東区千束3-18-7
御祭神:天日鷲命(アメノヒワシノミコト)
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)

電話:03-3876-0010
アクセス:日比谷線 入谷北口3番出口より徒歩7分
つくばエクスプレス 浅草駅より徒歩8分
地下鉄銀座線 田原町駅より徒歩15分








手水舎















御社殿

江戸時代から続く酉の市
現在の足立区花畑の大鷲神社を「上酉」、千住にある勝専寺を「中酉」、浅草の鷲神社を「下酉」といい、江戸時代から続いていた酉の市はこの3カ所でしたが、明治になり千住・勝専寺の酉の市が閉鎖され、花畑の大鷲神社と浅草の鷲神社とが唯一江戸時代から続く酉の市となりました。ここ浅草の鷲神社は東側に新吉原という遊郭があり、酉の市御例祭の日には遊郭内が開放され、地の利も加わり最も有名な酉の市として現在に至りました。

規模は店舗数も賑わい(毎年70万人〜80万人の人出)とも日本一です。
現在、都内で10数カ所の酉の市が開催されていますが、江戸時代から続く浅草の鷲神社「酉の市」に参拝し、大神様の御守護のもと御参拝皆様方の商売繁昌・家内安全は勿論のこと諸願成就そして福運を頂きましょう。。







御社殿
お賽銭箱の上に巨大なオカメの顔がありました。

『なでおかめ』
おでこをなでれば賢くなり
目をなでれば先見の明が効き
鼻をなでれば金運がつく
向かって右の頬をなでれば恋愛成就
左の頬をなでれば健康に
口をなでれば災いを防ぎ
顎から時計回りになでれば物事が丸く収まるという







左:2階-神楽殿 1階-神札授与所
右:渡殿                






叶 鷲







初穂料 500円(訪問時)で
願い事を大神様へ届けます。






奉納 絵馬








俳人其角の句碑
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春をまつことのはじめや 酉の市









樋口一葉玉梓乃碑

半井桃水宛の 未発表の書簡文が拝見できます。




上の写真、左側の切り取りです。

上野も澄田川も花は此頃
承り申候 廓の桜はまだm
盛りとは申し難けれど きのふ今日
人のではおびただ敷きとに御坐候
・・・



樋口一葉文学碑の絵






下谷神社






〒110-0015
東京都台東区東上野 3-29-8
社号:下谷神社
御祭神:大年神(おおとしかみ)、
      配祀御祭神:日本武尊(やまとたけるのみこと)
境内社:隆栄稲荷社
電話:03-3831-1488(9:00〜16:00)
アクセス:
JR山手線 上野駅より徒歩6分
地下鉄 銀座線 稲荷町駅より徒歩2分
地下鉄 大江戸線 新御徒町駅より徒歩5分
都営バス 下谷神社前より徒歩2分
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手水舎
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奈良時代に創建され、都内で最も古い「お稲荷様」です。
祭神名、大年神 (オオトシノカミ) は天照皇大神(アマテラスオオミカミ) の御弟、素戔雄尊 (スサノオノミコト) の御子で五穀を主宰し、厚く産業を守護し商売繁盛と家内安全の御利益がある神様です。
今から1283年前(訪問時)に、現在の上野の山に祀られました。
江戸時代寄席発祥の頃は、現在の浅草通りに面して祀られていましたが、関東大震災後、区画整理のため現在地に移され昭和9年に社殿が造営されました。
浅草通りに建つ赤鳥居の額(写真はありません)は東郷平八郎の筆によるものです。拝殿天井には横山大観画伯の「龍」の絵がはめ込まれています。
下谷神社の大祭は「江戸の祭りは下谷から」と言われるように下町で最も早い夏祭りで、隔年に行われる本祭りには本社神輿の担ぎ手だけで7000人以上が集まり、境内の周りには150軒の露天商が軒を並べます。




東京都神社名鑑によると
 天平2年(730)峡田の稲置らが、大年神、日本武尊を上野忍ケ岡の地に奉斎したのが創祀です。寛永四年(1627)寛永寺建立のため、上野山下に遷座、延宝八年(1680)さらに、広徳寺門前の地に替地し社殿を造営しました。

 大正12年大震災により社殿以下焼失しました。昭和3年区画整理により、現在の地に移り同9年4月、現在の社殿竣功遷座。
 昔「正一位下谷稲荷社」と称しましたが、明治5年社名を「下谷神社」と改め現在に至ります。
 







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境内社 隆栄稲荷社
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きつねさま





アヒル


「寄席発祥の地」
 江戸時代、寛政10年(1798)6月に初代山生亭花楽が下谷稲荷(減下谷神社)の境内で5日間の寄席興業を行いました。
これが江戸における最初の寄席興業と言われています。

落語自体はもっと前から存在しましたが、それ以前の落語は、身分の高い方の前で一対一で話をしたそうで、寄席の定義というのは一般の人を対象に、木戸銭をとって落語を聞かせることだそうです。

馬喰町で櫛職人をしていた京屋又五郎という人が、山生亭花楽と名乗り「風流浮世おとし噺」の看板を掲げ、下谷稲荷社(現下谷神社)の境内の賭け小屋で、一般の人を対象に木戸銭をとって落語を聞かせました。
これが江戸における最初の寄席興行といわれており、寛政の後の文化・文政の時代には百数十軒にも増加したそうです。

山生亭花楽の名前の由来は「山椒は小粒でピリリと辛い」をかけて付けられたそうです。山生亭花楽はのちに三笑亭可楽と名前を変え現在は9代目です。
平成10年(1998)寄席発祥200年を記念して、都内4つの亭席・落語協会・落語芸術協会を始め落語関係者の協力により境内に記念碑が建てられ、同年4月10日落語関係者200名参列の下、除幕式が執り行われました。




舞殿







神符授与所







下谷神社招き猫







招き猫







下谷神社の釣り灯籠

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八社福参り

鷲神社--商売繁盛
今戸神社--縁結び
第六天榊神社--健康長寿
下谷神社--家内安全
小野照崎神社--学問芸能
水天宮--安産子授け
小網神社--強運厄除け
住吉神社--交通安全


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