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手水舎
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奈良時代に創建され、都内で最も古い「お稲荷様」です。
祭神名、大年神 (オオトシノカミ) は天照皇大神(アマテラスオオミカミ) の御弟、素戔雄尊 (スサノオノミコト) の御子で五穀を主宰し、厚く産業を守護し商売繁盛と家内安全の御利益がある神様です。
今から1283年前(訪問時)に、現在の上野の山に祀られました。
江戸時代寄席発祥の頃は、現在の浅草通りに面して祀られていましたが、関東大震災後、区画整理のため現在地に移され昭和9年に社殿が造営されました。
浅草通りに建つ赤鳥居の額(写真はありません)は東郷平八郎の筆によるものです。拝殿天井には横山大観画伯の「龍」の絵がはめ込まれています。
下谷神社の大祭は「江戸の祭りは下谷から」と言われるように下町で最も早い夏祭りで、隔年に行われる本祭りには本社神輿の担ぎ手だけで7000人以上が集まり、境内の周りには150軒の露天商が軒を並べます。
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東京都神社名鑑によると
天平2年(730)峡田の稲置らが、大年神、日本武尊を上野忍ケ岡の地に奉斎したのが創祀です。寛永四年(1627)寛永寺建立のため、上野山下に遷座、延宝八年(1680)さらに、広徳寺門前の地に替地し社殿を造営しました。
大正12年大震災により社殿以下焼失しました。昭和3年区画整理により、現在の地に移り同9年4月、現在の社殿竣功遷座。
昔「正一位下谷稲荷社」と称しましたが、明治5年社名を「下谷神社」と改め現在に至ります。
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境内社 隆栄稲荷社
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きつねさま
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アヒル
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「寄席発祥の地」
江戸時代、寛政10年(1798)6月に初代山生亭花楽が下谷稲荷(減下谷神社)の境内で5日間の寄席興業を行いました。
これが江戸における最初の寄席興業と言われています。
落語自体はもっと前から存在しましたが、それ以前の落語は、身分の高い方の前で一対一で話をしたそうで、寄席の定義というのは一般の人を対象に、木戸銭をとって落語を聞かせることだそうです。
馬喰町で櫛職人をしていた京屋又五郎という人が、山生亭花楽と名乗り「風流浮世おとし噺」の看板を掲げ、下谷稲荷社(現下谷神社)の境内の賭け小屋で、一般の人を対象に木戸銭をとって落語を聞かせました。
これが江戸における最初の寄席興行といわれており、寛政の後の文化・文政の時代には百数十軒にも増加したそうです。
山生亭花楽の名前の由来は「山椒は小粒でピリリと辛い」をかけて付けられたそうです。山生亭花楽はのちに三笑亭可楽と名前を変え現在は9代目です。
平成10年(1998)寄席発祥200年を記念して、都内4つの亭席・落語協会・落語芸術協会を始め落語関係者の協力により境内に記念碑が建てられ、同年4月10日落語関係者200名参列の下、除幕式が執り行われました。
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舞殿
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神符授与所
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下谷神社招き猫
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招き猫
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下谷神社の釣り灯籠
お気に召さないときは止めてください。
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八社福参り
鷲神社--商売繁盛
今戸神社--縁結び
第六天榊神社--健康長寿
下谷神社--家内安全
小野照崎神社--学問芸能
水天宮--安産子授け
小網神社--強運厄除け
住吉神社--交通安全
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