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手水舎と神楽殿
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神楽殿
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御神木

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2013/05/12撮影
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JR御茶ノ水駅わきの御堀端で
ご存知の方も多いのではないかと思います。
JR御茶ノ水駅脇で、1年前に
このような御神木を見つけ
結びつけられたケースから
お守りを頂きました。
お守りから、神社の名前の記憶をたどり
画像を確認すると、ありました!
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 2013/05/12撮影
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昭和6年(1931)に、お茶の水?両国駅間の総武線建設のため社地の大半を収用され、鉄道省より換地として、現在の地を神社敷地に指定され、一切の建築物をそのまま移転した。その旧社地に、古い椋の御神木だけが残っていて、そこに手作り感満載な元宮木札、神札、“太田姫神社”の由緒書き、さらに「ご自由にお持ち下さい」と書いてある半透明なボックス(中には、“太田姫一口稲荷 風邪咳封治御守”)が括り付けてある。
神社縁起によれば、「太田姫」とは道灌の娘という意味ではなく、小野篁に現れて疱瘡に罹らないように祀れと告げ、また、道灌に狐の姿で現れて江戸城鬼門に祀れと告げた「太田姫命」のこと。
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 2013/05/12撮影
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太田姫神社
太田姫神社は江戸城外濠(神田川)を作るにあたり伊達家と徳川家が神田山を開削した時江戸城の結界また鬼門の守り神として江戸城内よりこの地に移された。
昭和6年(1931)総武線開通に伴い現在の駿河台下に移る。尚 鉄道(「甲武線」中央線の前身)は堀の中にあり開通時 天皇家との間に堀幅を減じない中で商業を営まない環境を守るとの約束がある。(明治期鉄道史より)
この木は椋の木 落葉高木 花は緑 実は濃紫 |
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| 坂の名は坂上西側に鈴木淡路守の屋敷があったことにちなむが、神社にちなんで別名を一口坂(いもあらいざか)ともいった。 |
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 2013/05/12撮影
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太田姫一口稲荷
治封御守 外袋
ご自由にお持ちください。
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頂いてきたお守り

この時、声がかすれて出なくなっていましたが、
今は治り、普通に声が出るようになっています。
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移動中、 お茶の水小学校わきの
漱石記念碑を撮りました。
吾輩は猫である
名前はまだ無い
明治11年 夏目漱石
錦華に学ぶ
錦華小学校は、
平成5年3月に小川小学校、
西神田小学校と統合し、
お茶の水小学校となりました。
千代田区猿楽町1丁目
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