好文亭

雪の残る藁ぶき屋根の前に
梅の老木が花をつけ始めていました。 |
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菊の間 |

菊の間
菊の間と桃の間は、いずれも総板敷きで
厨(くりや:食事の準備の場所)として使用されました。 |
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羽衣の松 |

桃の間
菊の間と桃の間は、総板敷きで
食事の準備の場所として使用されました。
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つつじの間
つつじの間、桜の間、萩の間は、藩主婦人来亭の
際など、お付きの婦人た ちの詰め所、
休憩室として使用されました。 |
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松の間
藩主夫人が、お城から好文亭においでの折り
休息されたところです。 |

紅葉の間
藩主夫人が好文亭においでの時、お付きの
御殿女中の主だったものが控えていたお部屋です。 |

竹の間 |

梅の間 |
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萩の間
藩主夫人がお出でになった時の、
おともの御殿女中が
休息して控えての部屋です。 |

桜の間
つつじの間、桜の間、萩の間は、藩主婦人
来亭の際など、お付きの婦人た ちの詰め所、
休憩室として使用されました。 |
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■太鼓橋廊下■太鼓型の橋廊下は、奥御殿と
好文亭を結んでいます。廊下左側の烈公が
創案した篠で作った格子窓は、外から窓と
判らないように作られています |
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奥御殿から茶室にわたる出入り口で、小坊主が
控え、連絡に使った部屋です。杉戸に古今集
和歌が、華麗な色紙短冊に書かれています。
損傷により一部作り直してあります。 |
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■藩主の間■部屋は紗張戸を用い、
左右が透けて見えるように工夫されています。 |

■藩主の間■藩主斉昭(烈公)が好文亭にお成り
の時、ここで文人、墨客、庶民などに接しました。
特に床の間は設けず簡素に竹の柱だけが
下げてあります。 |
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■武者控室■ |

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3F 楽寿楼
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3階から「待合」の屋根が見えます。 |

お膳運搬装置
今日のエレベータの先駆けで、
烈公の創意です。 |

出入り口で、履物を脱いで
袋に入れて持っていきます。 |

■待合(まちあい)■茶室何陋庵(かろうあん)の
露地の西側にあります。茶室に招かれた客が、
席の準備ができるまで控え待つ場所です。 |

■茶室「何陋庵(かろうあん)」■は、亭の西北に
位置しています。茶室特有のニジリ口は無く、
普通の2枚の障子戸で左右どちらからでも
入れるようになっており、貴人口とも呼ばれる。
古田織部が工夫した織部口です。 |
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松の向こうに見えるのが「千波湖」です。 |