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No.c085 明治村 4 SLと梅の花とミニチュア建物
No.c085 MEIJI mura 4
Aichi-ken /Beautiful Japan
Photo28pieces/GreenSeason
♪=ベセーナ/S.Joplin
◆天堂眼鏡橋
◆梅の花、SL
◆菊の世酒造
◆高田小熊写真館
◆内閣文庫/常設ミニチュア建築
◆隅田川 新大橋
◇博物館、テーマパーク
出かけませんか?CandyBox
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明治村 インフォメーション
   
住所=〒484-0000愛知県犬山市内山1番地
電話=0568-67-0314
入村料=大人1日乗り物券付2,700円
開村時間=上記までお問い合わせください |
*交通アクセス
-バス、電車-
『名鉄名古屋駅』から『名鉄犬山駅』下車 バス20分
※犬山駅は東口です。「明治村行」にご乗車ください。
『名古屋「名鉄バスセンター」』
『栄』から明治村行バス(毎日運行!)
-車-
中央自動車道「小牧東IC」から3km
国道41号上小口2丁目交差点から6km
または、兼清交差点から5km
国道19号明知町北交差点(小牧東インター道路利用)から5km |
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梅園
   
梅の花を切り撮っていると、村内のSLが
白い煙を上げ走って来ました。
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菊の世酒造
   
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菊の世酒造
   
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菊の世酒造
   
藏内に展示されていた道具
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菊の世酒造
   
藏内に展示されていた道具
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65-高田小熊写真館
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65-高田小熊写真館
新潟県上越市
   
スキー発祥の地、新潟高田(現:上越市)の街なかに建てられた写真館です。1階には応接室、暗室の他住まいがあり、2階に写場(スタジオ)等が設けられている。当時は人工照明がなかったため、外光をとり入れる必要があり、やわらかい均一な光の入る北側をガラス屋根にしていた。
創建以後、時代の変化に伴い度々増築や模様替えが行われた。平成19年(2007)、小熊写真館が最も華やかな店に変貌を遂げた昭和初期の姿に変更した。 |
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あのシーンはこの場所で!
   
↓
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↑のパネルから切り出しました。
   
大学予備門で野球に熱中した子規。子規が翻訳した打者、走者、飛球などの野球述語に合わせてユニフォーム姿で写真を撮る。
(第2回「青雲」2009.12.6 放送)
背景のスクリーンは通常展示のものとは違い、相応しい背景と入れ替えたそうです。 |
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パネルから切り出した写真
   
横須賀水雷戦隊付の辞令を受けた真之は、久々に
再会した広瀬と横須賀の写真館で記念写真を撮る。
(第5回「留学生」200.12.27放送)
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 66-名鉄岩倉変電所
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インフォメーションセンター
   
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66-名鉄岩倉変電所
愛知県倉敷市
   
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58-、59-内閣文庫 常設 ミニチュア建築
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58-皇居正門石橋飾電灯
59-内閣文庫
   
この建物の中で常設展示の
ミニチュア建築が展示されています。
行ってみましょう。
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内閣文庫内の常設展示
世界のミニチュア建築
   
後楽館
所在地=秋田県鹿角郡小坂町小坂鉱山
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横浜開港記念館
   
所在地=横浜市中区本町
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旧 前田侯爵邸
   
所在地=東京都目黒区駒場
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東京都公園資料館
   
所在地=東京都千代田区日比谷公園
ここに載せきれないほど、
「でかけませんか?」で訪問したなつかしい建物の
ミニチュアを切り撮りました。
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廊下
   
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窓
   
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ミニチュアを撮って掲載しきれなかった建物です。
当サイト内に訪問写真があります。
   
東京駅
弘前宣教師館
牛久シャトー
原宿駅
雑司が谷 旧宣教師館
旧東京音楽学校奏楽堂
旧古河邸
東京大学安田講堂
日本水準点標庫
早稲田大学演劇博物館
慶應義塾 旧図書館 |
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大阪市中央公会堂
旧弘前市立図書館
田園調布駅
旧山本有三邸
自由学園明日館
三井倶楽部
旧東京医学本館
旧岩崎家茅町本邸
国会議事堂(未作成)
早稲田大学大隅講堂
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53-54-55-59
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55-隅田川 新大橋
   
隅田川新大橋は隅田川に架けられた吾妻橋・厩橋・両国橋・永代橋とともに明治五大鉄橋と呼ばれた。デザインはそれぞれ異なり、新大橋は高欄の装飾に見られるよう曲線を多用したアールヌーボー風意匠を特徴としている。
橋の中央は車道、その両側は歩道とされ、竣工後まもなく市電が開通した。橋の全長は180mあったが、明治村へはその1/8が移築された。
明治末期はまだ国産鉄材の生産量が乏しかったため、鉄材はすべてアメリカのカーネギー社から納入された。 |
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奥の建物が 59-内閣文庫
手前が 55-隅田川 新大橋
   
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