-------------------------------------
No.c089 東京大学総合研究博物館
No.c089 University of Tokyo Research Museum
Tokyo-To /Beautiful Japan
Photo 26 pieces/GreenSeason
♪=しだれ柳/S.Joplin
◆小石川植物園
◆建築博物誌/アーキテクトニカ
◆碌山美術館
◆富弘美術館
◆水の公園 福島潟
◆前川國男邸
◇博物館、建築ミュージアム
出かけませんか?CandyBox
c089-Copyright(c) Candybox All Rights Reserved.
--------------------------------------
インフォメーション
住所=112-0001 東京都文京区白山3丁目7番1号
正式名称=東京大学大学院理学系研究科
前身=小石川御薬園
電話=03-3814-0138 FAX=03-3814-0139
開園期間=1月4日~12月28日
開園時間=9:00~16:30(入園は16:00まで)
休園日=月曜日(祝日の場合翌日)
入園料=大人(高校生以上):400円、小人(小・中学生):130円
*交通アクセス
都営地下鉄三田線 白山駅下車A1出口 徒歩約10分
東京メトロ丸の内線 茗荷谷駅下種阿出入口1 徒歩約15分
都バス(上60)大塚駅~上の公園線 白山2丁目下車 徒歩3分
小石川植物園に行くと、以前来た時には
閉館時間で入れなかった「東京大学総合研究博物館
小石川分館」に入ることができたので、見学しました。
東京駅前 KITTE 丸の内の2F・3Fで
『東京大学総合博物館』の収蔵品を見学しましたが、
雰囲気がよく似た展示会場です。
(注意)
小石川分館から東京大学大学院理学系研究科附属植物園(小石川植物園)へ 直接入園することはできません。
小石川植物園から小石川分館へは出口専用扉より入館可能ですが、小石川植物園へは入園券がある場合も再入園はできません。
ミニチュアの建物模型展示で、実物を見たことがある建物は
の左の写真をクリックすると、
訪問したレポートページに 別 ページで開きます。
興味のある方、お時間がある方は、そちらもご覧ください。
碌山美術館
碌山美術館
長野県南安曇郡穂高町大字穂高5095-1
富弘美術館
富弘美術館
群馬県みどり市東町草木86
水の公園 福島潟
水の公園 福島潟
〒950-3328 新潟県新潟市北区前新田乙493番地
前川國男自邸
品川区 1942年竣工
前川國男自邸
江戸東京たてもの園
〒184-0005 東京都小金井市桜町3-7-1
体操伝習所体操場
不詳(ジョージ・アダムス・リーランド博士監督の下明治政府が建築)/
東京/明治12年(1879)/大櫃敬史(模型政策責任者)
東京帝国大学工科大学造船学・造兵学・土木学教室
東京帝国大学技師(竣工時)・山口孝吉/明治40年(1907)
旧東京医学校本館
東京帝国大学技師・山口孝吉(改築設計)/明治44年(1911)
旧東京医学校本館
2枚目の写真と同じ この場所です。
東京帝国大学法科大学講義室
東京帝国大学技師・山口孝吉/大正3年(1914)
東京帝国大学大講堂(安田講堂)
内田祥三+岸田日出刀/対象14年(1925)
東京帝国大学大講堂(安田講堂)
〒113-8654 東京都文京区本郷7-3-1
ハギア・ソフィア
アンテミオス+イシドロス/教会・モスク・博物館
ランシーの教会堂
オーギュスト・ペレ/教会/パリ/1923
その他の展示
貝殻のレプリカ
瓶入り・・・薬草?
タコノキとクマネズミ
タコノキはタコノキ科タコノキ属の常緑樹で、小笠原諸島の固有種である。パイナップルに似た巨大な果実をつけ、その重量は3kgを超える。種子は厚い繊維層をもち、海流によっても散布されるが、オオコウモリによっても分散されている。ところが現在、小笠原諸島に移入したクマネズミによって果実が無残にもかじられ、種子の食害が深刻化している。非意図的な生物の移動がもたらした悲劇を、タコノキに残る食痕は物語る。
*
南コーカサス新石器時代の農村の家屋
1万年以上も前の西アジアで発生、発展した食料生産経済は、その後、周辺地域に拡散し、各地の狩猟採集民社会を変容させていく。
本品は、東京大学総合研修博物館のチームが発掘した遺跡のデータをもとに復元した南コーカサス最古の農村家屋である。約7500年前。
泥壁は西アジアから伝来した技術であるが、円形の間取りは在地の狩猟採集民家屋を彷彿とさせる。
*
琉球諸島の瓦
平瓦、丸瓦
琉球諸島の瓦は広義の中華的瓦文化に属し、「平瓦」と「丸瓦」を基本とする「本瓦葺」である。韓半島、日本列島からも影響を受けつつ成立した。一部の権力者に独占的に使用された象徴的な建材であり、14世紀後半に沖縄本島南部に登場し、17世紀以降は先島諸島まで拡大する。また18世紀前半には色調が灰色から赤色へと変化し、現在につながる瓦屋根景観が成立していく。
古建築の多くは戦災で失われており、灰色瓦を葺いた建築は現存しない。展示模型は失われた往時の瓦屋根を復元した物である。
*