
東京湾アクアライン 木更津方面
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No.c251 南房総国定公園・鋸山(のこぎりやま)
No.c251 Minamiboso Quasi-National Park
. Nokogiriyama
Chiba-Ken /Beautiful Japan
Photo 30 pieces/GreenSeason
♪=パラゴンラグ /S.Joplin
◆南房総国定公園
◆地獄のぞき
◆浅間神社
◆鋸山ロープウェー
◆東京湾アクアライン
◆資料館
◇国定公園・観光地
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東京湾を行く船
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鋸山ロープウェー インフォメーション
   
所在地=〒299-1861 千葉県富津市金谷 4052-1
営業時間=2/16~11/15 9:00~17:00
. . 11/16~2/15 9:00~16:00
休業日 =年中無休
| 料金: |
普通運賃
大人=12歳以上
小児=6歳以上 |
普通団体運賃
25名
1歳以上 |
学生団体運賃
25名以上
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大
人 |
片道 |
500円 |
450円 |
400円 |
| 往復 |
950円 |
850円 |
740円 |
小
児 |
片道 |
250円 |
230円 |
230円 |
| 往復 |
450円 |
410円 |
410円 |
駐車場=山麓駅:無料 乗用車:200台 観光バス:6台
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交通アクセス
電車/千葉駅からJR内房線(約80分)『浜金谷』駅下車、徒歩約8分
車/館山自動車道 『富津金谷IC』~国道127号線 館山方向へ約5分
カーフェリー/久里浜港~『金谷港』(約40分)、徒歩約12分 |
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数週間前にTVバラエティ番組で紹介していた
富津市にある、鋸(のこぎり)山に行きました。
そのせいか、通常より賑わっていたようです。
山麓駅から
鋸山ロープウェーを利用して山頂駅へ
私たちが乗った「ちどり号」
    スイスCWA製ゴンドラ
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途中ですれ違った
山麓駅行きロープウェー「かもめ号」
   
スイスCWA製ゴンドラ
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山頂駅が見えてきました。
   
所要時間 約4分
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山頂駅出入口前
   
資料館に並んでいた切り出されて石の中から一例
一寸板
厚=1寸(3cm) 巾=1尺(30.3cm) 長=3尺(91cm)
重量=15kg
装飾用材・玄関の腰板用、喫茶店の内、外装
応接間の腰板、その他、いろいろ使い方がある。
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江戸時代から昭和にかけて、鋸山では
良質な石材が採石されていました。
   
| 石材を運ぶために造られた山道から、名所の石切り場跡がある「登山・山道エリア」と、地獄のぞきと大仏や重要文化財がある「日本寺エリア(有料)」と、東京湾を望む絶景、資料館、食事などが楽しめる「金谷エリア」の3つの観光エリアがありますが、ここでは、金谷エリアからの眺望とロープウエイをご紹介します。お付き合いください。 |
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目に見えた船の中で一番大きかった船
   
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金谷港
   
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鋸山山頂
329m
   
雲の切れ間から青空が見えました。
そして徐々に広がりました
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対岸三浦半島・久里浜から
こちらに向かうフェリー
   
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館山自動車道 富津金谷IC
   
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対岸からのフェリー、だいぶ金谷港に近づきました。
   
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石切り場跡
ミニチュアではございません。
   
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海の銀座
   
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地獄のぞき
   
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館山方面
   
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保田・元名海岸方面
   
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上 地獄のぞき
   
下 浅間神社
展望台から遠くの眺望を楽しみ、資料館、
石切りの歴史と科学コーナーに向かいました。
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資料館、石切りの歴史と科学コーナー
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売店・食堂カウンターの
ミニチュアお座敷セット
   
今日のお供、スザナ
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鋸山ロープウェーのワイヤー
   
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鋸山で産出された金谷石を使った
靖国神社の 石塀下の土台部分。
   
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ロープウェーのしくみ
複線交走式索道の構造
   
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金谷石を使ったかまど
   
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石切り道具
   
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ミウラニシキ
   
鋸南町元名で出土
☆
この貝の化石は三浦半島の逗子累層や三重県、
福島県の太平洋沿岸の地層から出土している。
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鋸山の地質
鋸山は第3紀新世の頃、海底に堆積した火山灰からできた
凝灰岩である。これは房州石といい2つの種類がある。
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凝灰角礫岩 |
凝灰質砂岩 |
| 性質 |
質が均一で、霜や雨にの強く
火にも変化しない。 |
質が均一でなく、水や火にも
弱いが加工しやすい。、 |
| 産地 |
鋸山山頂付近 |
鋸山中腹以下 登山口石切り場 |
   
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鋸山 石切りの歴史
   
室町時代◆安房里見氏の出城(鋸城)にて、柱のツカ石として使用される。
江戸時代◆安政の頃、伊豆の石切職人が渡来し鋸山周辺で建築用に石切を始める(土丹岩)更に万延、元治、慶応の頃になるとそれまでの悪い石から、質の良い石の採石が盛んになり、石切り場も鋸山本峰に移った。1895年には横浜港開港に伴い、護岸工事用材、土木工事材として優秀性が認められ生産も大規模化された。
明治時代◆文明開化に伴い房州石の需要もますます増え、京浜地方、特に横浜市、横須賀市の公共事業指定石材にもなり、金谷地区の総人口の80%が石材産業に従事していた。
大正時代◆この年12年9月1日発生した関東大震災で多くの護岸が崩れ、石積みの時代からセメント工法による時代に移る。しかし横須賀追浜天神橋護岸、横浜市高島桟橋護岸、更に多くの石塀や石倉が今でもビクともせず現存している。
昭和時代◆セメントの進出により、採石産業も衰退し更に軍国主義の中、鋸山も登山禁止となる。わずかに軍需用としての下石採石が細々と行われた。戦後、採石も機械化され、一時パン焼きかまどなどに使用されたが、それも終わりを告げ繁栄を誇った採石跡は、その奇岩、怪石とともにその景観美は、現在国定公園にも指定され、多くの人々の目を楽しませているのである。 |
ポスターの石大仏
   
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