
トキワ荘は手塚治虫をはじめとするマンガの巨匠たちが
青春の日々を過ごした伝説のアパートです。
ここに マンガの聖地としてよみがえりました。
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No.c277 豊島区立 トキワ荘 マンガミュージアム
No.c277 Toshima city Tokiwaso manga museum
Tokyo-To /Beautiful Japan
Photo 26 pieces/GreenSeason
♪=ワルツ19番遺作 /F.shopin
◆トキワ荘マンガミュージアム
◆丹頂型電話ボックス
◆共同炊事場
◆まんが道
◆藤子不二雄
◆手塚治虫
◇マンガミュージアム
出かけませんか?CandyBox
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※ 入館に当たり、はきものを脱いで入館する施設です。
裸足では入館できませんので靴下のご用意を! |

大型バス用の駐車場に止まった I KE BUS
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インフォメーション
    
所在地=〒 東京都豊島区南長崎 3-9-22 南長崎花咲く公園内
TEL= 03-6912-7706 / FAX= 03-6912-7749
開館時間= 10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館日=月曜日(祝日の場合は翌平日)、年末・年始、4展示替え期間
入館料=一般=500円
障碍者用駐車場=2台分あり。事前に連絡 ※一般車両用駐車場は=なし |
交通アクセス
都営大江戸線『落合南長崎』駅より徒歩5分
西武池袋線『東長崎』駅より徒歩10分・『椎名町』駅より徒歩15分 |
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写真禁止マーク・接写・動画・フラッシュ以外の撮影はOKです。
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花咲公園内
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入館予約していないし、閉館時間まじかですが、
様子を見ようと、寄ってみました。
受付で閉館時間は18時で、時間と入場数に余裕があることが分かり
予約なしで、見学できました。
花崎公園内
古本マンガ・トキワ荘土産 ふるいち
    
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公園内トイレ
    
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トキワ荘マンガミュージアムとは?
    
かつてのトキワ荘は、1952年12月6日、豊島区椎名町5丁目2253番地に棟上げされました。
そして1982年12月に解体されましたが、多くの皆様のお力添えにより、マンガミュージアムとして再現されました。
マンガやアニメ文化を次世代に継承し発信する拠点として企画展示等に取り組んでいます。 |
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1960年代頃まで使われた 丹頂型電話ボックス
    
マンガ家たちは、出版社との連絡に使用していました。
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トキワ荘マンガミュージアムに入りましょう。外観・内装は昭和20年~30年代のトキワ荘を再現しています。
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玄関で靴を脱ぎ、きしむ音を再現した階段を上がり
2Fの共同炊事場です。
今も使われているような、見事なエイジング処理が施されています。
    
トキワ荘には1階、2階に1つずつ炊事場があり、住人が供用で使っていました。
ガスコンロやなべなどの器具は各自が用意し、ガスを使用するためには月ごとに料金を払う必要がありました。 |
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14号室
手塚治虫/1953~1954
藤子不二雄A・藤子F不二雄、/1954~1961
    
トキワ荘は1952年に棟揚げされ、翌年手塚が、マンガ家たちが多く住む西武池袋線沿線に仕事場兼住まいを探していたと聞き、雑誌『漫画少年』を発行していた学童社がトキワ荘を紹介したことがきっかけになりました。
この部屋へ、次に入居したのが藤子F不二雄と藤子不二雄Ⓐの二人で、手塚が、並木ハウスに引っ越すのでそのあとに入らないかと誘われて、入居しました。 |
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展示資料
    
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トキワ荘再現までの道
    
トキワ荘は、1982年(昭和57)12月に解体されました。
トキワ荘の想いでは、その後も地域の方々に語り継がれ、
豊島区では、地域と協働してマンガ文化を活用したまちづくりに取り組んでいます。 |
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15号室
藤子F不二雄/1954~1961
    
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トキワ荘通り お休み処
開設1周年記念
    
今日のお供は スザナです。
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2015年訪問 トキワ荘 お休み処
2015年訪問トキワ荘のヒーロー達
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20号室
鈴木伸一/1956~1958
森安なおや/1956~1958
よこたとくお/1958
    
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18号室
山内ジョージ/1961~
    
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19号室
水野英子/1958~1958
    
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2F 廊下
    
つきあたり:左=トイレ/共同炊事場
つきあたり:右=常設展示場
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1F マンガラウンジ & 企画展示室へ
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マンガラウンジ
    
トキワ荘ゆかりのマンガや書籍を展示しています。
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 ドアが開くと
↓
↓
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企画展示室 入口
    
ドアが開くと
↓
↓
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ここからは企画展示室内です。
    
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藤子不二雄Ⓐ
まんが道 第2章
憧れの トキワ荘へ
    
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藤子不二雄Ⓐ
トキワ荘時代の作品・実績リスト
    
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映画鑑賞
    
「必殺の一弾」
「アスファルトジャングル」
藤子不二雄Ⓐ 「コンクリートの密林」
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トキワ荘はなぜ
「漫画荘」になったのか?
    
「ぼくはトキワ荘の部屋があくたびに .
. 新漫画党の仲間を入れていきたいんだ!」(寺田)
| 寺田はトキワ荘の二階の部屋が空室になると、新漫画党のメンバーにトキワ荘に入居するよう勧めました。その結果、トキワ荘の二階は漫画家ばかりが住むこととなり、やがて、それぞれが大成したことから、のちに「漫画家の梁山泊(りょうざんぱく)」とよばれるようになりました。 |
※ 梁山泊=豪傑や野心家が集まる場所
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新漫画党の活動
    
「6人で力を合わせてまんが界に新しい風を入れるんだ !!」
寺田は漫画界に新しい流れを作るため、志を同じくする若い板画家たちによるグループを結成しました。それが新漫画党です。初期メンバーは6名でしたが、のちに3名が加わりました。
新漫画党の主な活動は合作を描くことで、作品発表の場の中心は『漫画少年』でした。 |
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