c292 つつじが岡第二公園 花菖蒲と旧秋元別邸

群馬県(Gunma-Ken)
2023/05/28 Sun.  


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つつじが岡第二公園 花菖蒲と旧秋元別邸

つつじが岡第二公園 花菖蒲






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No.c292 つつじが岡第二公園 花菖蒲と旧秋元別邸
No.c292 Tsutsujigaoka 2park、Iris & former Akimoto Villa

Gunma-Ken /Beautiful Japan
Photo33pieces/GreenSeason
◆花菖蒲まつり
◆館林市、つつじが岡第二公園
◆城沼
◆旧秋元別邸
◆東武とレジャーガーデン閉園
◆館林城跡、八幡宮
◇花菖蒲園、館林市
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館林市観光協会 インフォメーション

所在地:〒374-0005 群馬県館林市花山町3181
.     館林市経済部つつじのまち観光課
TEL:0276-74-5233 / FAX:0276-72-9122
無料駐車場:あり
交通アクセス
電車 東武伊勢崎線『館林』駅より
東北自動車道『館林』IC
関越自動車道→高崎JCTにて北関東自動車道『太田桐生』IC
北関東自動車道『佐野田沼I』C
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実はこの日、ダークダックス館林音楽館と東武トレジャーガーデンを
再訪しましたが、ダークダックスは休館日でトレジャーガーデンは
新型コロナのための休館の後、2021年6月に閉園していました。
急遽、つつじが岡第二公園の旧秋元別邸を訪問すると、
花菖蒲園の花菖蒲が美しく咲き誇り、翌日から「花菖蒲まつり」が
開催されることを知り散策しました。


かくれんぼバッタ








館林花菖蒲園

 この花菖蒲園は、昭和30年に明治神宮から贈られた花菖蒲の種をつつじが岡公園の城沼岸に植えられたものに始まり、昭和34年天皇皇后両陛下のご成婚を記念して、このつつじが岡第二公園に花菖蒲園の造成が計画され、館林市草花クラブを中心に、市民につつじの苗木を頒布しその利益金をもってこの花菖蒲園に貴重な品種が植えつけられたものが起源になっています。その後、平成5年には花菖蒲園の北側の拡張工事が行われ広さ約5000㎡、約270品種の花菖蒲を揃え、園内の散策路も整備されました。
 城沼を望むこの一帯は館林城八幡郭に位置し、旧秋元別邸は和洋折衷様式の建物で、明治時代に上毛モスリンによって建築され、昭和初期に旧舘林藩主秋元氏によって東京神田駿河台より、秋元社と庭石が移設され洋館が増築されました。
 館林の歴史と自然を修景した花菖蒲園は、初夏には色とりどりの花菖蒲が咲き競います。
-館林市-
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ナハショウブ

ノハナショウブを原種とする、日本産の園芸品種です。
花の色や形は変化に富み、葉の主脈が隆起して目立ちます。
畑でも水辺でも生育します。
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間違えやすい種類
アヤメ
アイリス
カキツバタ
ショウブ


























今日のお供、一人目はロザンナ
























水車小屋


























尾曳の渡し 乗場

 城沼の渡し舟は、明治時代の館林駅開業によって、駅からつつじが岡へ向かう最短ルートとして行楽客に利用されました。昭和初期まで竹生島神社脇に「弁天の渡し」がありましたが、現在は「尾曳の渡し」と「善長寺の渡し」から運航され、7・8月には花ハスクルーズの遊覧船が運航されます。
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 館林市中央部にある、周囲5㎞の東西に細長い沼です。
西岸に館林城が築かれ、江戸時代は人を寄せ付けない「守りの沼」となっていました。南岸に名勝「躑躅ケ岡(つつじがおか)」があり、北岸には「つつじ伝説」を伝える善長寺があります。春はつつじ、夏は花ハス遊覧を楽しむことができ、沼辺を周遊する「文学の小径」や「朝陽の小径」では、四季折々の景観を見ることができます。
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城沼(じょうぬま)
守りの沼~城と躑躅ケ崎を守ってきた城沼

 550年前、周囲5kmの東西に細長い城沼を天然の要害として館林城が築かれました。城沼は館林城の建つ台地を取り囲む外堀の役目をし、武将たちにとって「守りの沼」となりました。沼によって守られた堅固な城は、近世になると江戸を守護する要衝として、徳川四天王の榊原康政や、五代将軍となる徳川綱吉の城となり、守りを固めるための城下町を広げ、その周囲に水を引き入れ、堀と土塁で囲いました。
 「守りの沼」には、二つの伝説が生まれました。
 1つは龍神伝説です。沼に人を寄せ付けないため、城沼は沼の主・龍神の棲家となり、城下町にはその伝説を伝える井戸が残ります。
 もう一つはつつじ伝説です。今から400年ほど前、「お辻」という名の女人が龍神に見初められ、城沼に入水しました。それを悲しんだ里人は沼が見える高台につつじを植え、その地を「躑躅ケ崎」と呼びまた。歴代の舘林城主はそこにつつじを植え続け、花が咲き誇るようになった高台を築山に、城沼を池に見立てた雄大な回遊式の大名庭園を造り上げました。城主によって守られてきた躑躅ケ崎は「花山」とも呼ばれ、花の季節には里人たちにも解放されました。
 明治維新後の近代化は「守りの沼」を大きく変貌させました。江戸時代に禁漁区となって人を寄せ付けなかった城沼は、里人たちに開放されて漁労や墾田、渡船などが営まれ、「里沼」としての歴史を歩み始めました。
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過去に訪問した舘林市
クリックでジャンプします。
049-つつじが岡公園
655-雷電神社
781-田山花袋記念文学館/旧上毛モスリン事務所
782-群馬県立舘林美術館
783-向井千秋記念子ども科学館
808-1-ダークダックス館林音楽館
808-2-茂林寺
n143-製粉ミュージアム
c153-東武トレジャーガーデン











ロザンナとスザナ





旧秋元別邸






旧秋元別邸
 館林最後の城主秋元氏ゆかりの和風建築物で、明治末期に城沼を望む館林城の八幡郭に建てられました。主屋に広間があり、離れ座敷に茶室と洋館があります。庭園には沼で投網をする秋元氏の銅像があり、ツツジや花菖蒲、モミジなどが植えられています。四季を通じて沼辺文化を彩る、館林の迎賓館としての役割をはたしていました。
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旧秋元別邸 玄関








旧秋元別邸 庭側








 洋館 ←旧秋元別邸→ 玄関

花菖蒲園とこの庭が隣接されています。






洋館

















秋元神社








秋元晴友の投網の像
毛利教武・作

 天文元年(1532)閼伽井照光により館林築城がなされ江戸時代には榊原氏・松平氏・徳川氏・太田氏・井上氏から秋元氏へと十家23台に及ぶ330余年間新藩、譜代の城下町として栄えたところです。
 弘化2年(1845)山形より秋元氏が来封し礼朝(ひろとも)の時、明治維新を迎えました。興朝(おきとも)・春朝(はるとも)・順朝(なおとも)へと続きますが、春朝は元来自然をこよなく愛した、粹人で村人からも親しまれたなかなかの好人物でした。この像は春朝が池に向かって投網し魚を獲るところで、建立は大正8年(1919)です。
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館林市指定史跡
館林城本丸土塁及び八幡宮

ここは「館林城」の中心本丸があった場所です。







八幡宮

 「八幡神」は源氏の氏神で、広く武家の間で信仰され、各地に「八幡宮」として勧請されています。
 この八幡宮は、江戸時代には武家の守り神として、また城の守護神として、館林城の「八幡郭(はちまんぐるわ)」に奉られ、歴代城主の厚い崇拝を受けてきたものです。
 明治になって、廃藩とともに、尾曳稲荷神社に合祀されましたが、明治の終わり頃に城跡に進出してきた、
「上毛モスリン株式会社」によって現在の地に移され、再び八幡宮として奉斎されました。
-館林教育委員会-
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周囲の林には鷺やカラスなどの野鳥が
にぎやかに縄張り争いを繰り広げていました。




長い木の枝を運ぶ鷺







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冊子、パネル等を参考にしました。


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今日もお出で頂きありがとうございました。
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