
正門
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No.c364 赤塚山 乗蓮寺、東京大仏
No.c364 Sekityosan Jorenji Temple, Tokyo great Buddha
Tokyo-To /Beautiful Japan
Photo 33 pieces/GreenSeason
◆赤塚山(せきちょうさん)乗蓮寺
◆東京大仏
◆鉄拐仙人、役小角
◆奪衣婆、文殊菩薩
◆宝珠観音堂
◆福寿観音、鐘楼
◇寺院、大仏
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閻魔堂
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インフォメーション
   
所在地=〒175-0092 東京都板橋区赤塚 5-28-3
電話=03-3975-3325
開・閉門時間=9:00~16:00 (最終入門15:45)
※正月・三が日など変更有
寺宝=伽羅香木「弧雲」
宗派=浄土宗 |
交通アクセス
都営地下鉄三田線『西高島平』駅より徒歩18分
東武東上線『下赤塚』駅より徒歩18分
東武東上線『成増』駅(北口)より徒歩18分
東京メトロ有楽町線地下鉄『赤塚』駅より徒歩20分
東京メトロ有楽町線地下鉄『成増』駅より徒歩20分 |
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小雨が降ったりやんだりの日曜日、東京大仏を訪問しました。
運よく、私たちがここにいる間は、雨が止んでいました。
閻魔大王
   
| ガラスが反射していましたが、背伸びをすると丸い影に閻魔大王のお顔がスッポリはまり、拝見できました。 |
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赤塚山 山門
   
| 東京大仏の鎮座する乗蓮寺は東京23区の西北端、板橋区赤塚の地にある浄土宗の寺院です。開創は室町時代の応永年間(1394~1428)と言われ、開山は、英蓮社了賢無的(えいれんじゃりょうけんむてき)和尚です。もとは江戸四宿の1つである中山道の板橋宿にあり、天保年間(1830~44)に発刊された『江戸名所図会』にも掲載されています。 |
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恵比寿さま
旧藤堂家の石造物
   
<藤堂家石造物の由来>
現在の豊島区駒込付近にあった津藩(現三重県)藤堂家の江戸下屋敷には、「不思議な形」「形異状な珍品」と称される石造物がおかれていた(豊臣秀吉の朝鮮出兵に参加した同藩の誰かが持ち込んだとされる)
その中で残存していた11体が一カ所に集められ、「鉄拐堂」とよばれ、近隣の人々から足の病の平癒を願う信仰の対象とされていた。
戦後は その「鉄拐堂」に隣接する個人宅に置かれていたが、昭和42年、当時板橋仲宿にあった乗蓮寺に移され、さらに同寺の移転で当地に移された。 |
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金剛力士
   
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山門
   
赤塚山 乗蓮寺の み教え
| 阿弥陀如来の平等のお慈悲を信じ、「南阿弥陀仏」とみ名を称えて、人格を高め、社会のためにつくし、明るい安らかな毎日を送り、お浄土(西方極楽浄土・極楽)に生まれることを願う信仰です。 |
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多聞天 尊像
   
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広目天 尊像
   
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赤塚山 乗蓮寺、東京大仏
   
この大仏さま(阿弥陀如来)は、当山住職23世 正譽隆道(しょうよ りゅうどう)が、昭和49年88歳にて発願、完成まで約3年の歳月と延べ3500人の手によって昭和52年4月完成をみました。
千葉氏の居城であったここ赤塚城二の丸址に乗蓮寺を建立するにあたり、千葉氏一族、戦没者、そして有縁無縁の霊をとむらい、世界の平和と万民救済の願いがこめられております。
奈良、鎌倉に次ぐ東京大仏です。合掌して南無阿弥陀仏と十遍となえましょう。 |
材質 / 青銅(ブロンズ)製
重量 / 32トン
座高 / 8.2m(頭部3m)
蓮台 / 2.3m
基檀 / 地上2m、地下1m |
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燈篭
   
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香炉
   
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大仏線香売り場
   
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天保大飢饉供養塔
   
天保の飢饉は、享保・天明の両飢饉と並び江戸時代三大飢饉の一つに数えられています。天保4年(1833)から同7年にかけて全国的な天候不順による凶作、疫病の流行によって大勢の餓死者や行路病死者(行き倒れ)が出ました。
幕府は、白米や銭を支給するとともに、同8年(1837)には、新宿・品川・千住・板橋の四宿に救助小屋を設けてその救済に努めましたが、亡くなる者はあとを絶ちませんでした。
この供養塔は、当時板橋宿の中宿にあった乗蓮寺の住職撮譽上人が、宿内の死者を寺内に埋葬し、その菩提を弔うために建立したものです。正面と左右の面には、江戸中期の浄土宗の高僧祐天上人筆の「南無阿弥陀佛」の各号が、また台座には同8年3月から11月の間に亡くなった423人(男333人、女49人、子供41人)の戒名が刻まれています。
昭和61年度に板橋区の文化財(歴史資料)に登録されました。 |
平成17年3月 板橋区教育委員会
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医薬の神様
鉄拐仙人(てっかいせんにん)
   
足の病に霊験あらたか
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行者の元祖
役の小角(えんのおづぬ)
旧藤堂家の石造物
   
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三途の川の
奪衣婆(だつえば)
旧藤堂家の石造物
   
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智恵を授ける
文殊菩薩
津藩主 藤堂家旧蔵
   
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乗蓮寺 本堂
   
御本尊は阿弥陀如来。宗派は浄土宗で赤塚山(せきちょうさん)慶学院(けいがくいん)と称しています。応永年間(1394~1428)に了賢無的(りょうけんむてき)が山中村(現仲町)で人々に教化したことに始まり、後に板橋の中宿(現仲宿)に移転したと伝えられています。
天正19年(1591)に徳川家康から十石の朱印地を与えられて以来、代々の将軍から朱印状を与えられました。また寛保3年(1743)に将軍吉宗が鷹狩りの際に雨宿りしたのが縁となり、それ以降将軍家の鷹狩りの小休所や御膳所となりました。
高速道路の建設にともなう国道17号線の拡幅工事により、昭和46年から7年の歳月をかけて現在の地に移転しましたが、その際に天災戦災等の無縁仏の供養や恒久平和を祈願して青銅製の東京大仏が建立されました。
境内には、板橋の領主板橋信濃守忠康の墓や天保飢饉供養塔、藤堂家ゆかりの石像があります。 |
平成13年3月 板橋区教育委員会
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弁天堂
   
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金色の人面魚
   
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手水舎
   
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立派な龍形の吐水口でした。
   
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お札授与所
   
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十三重塔
津藩主 藤堂家旧蔵
   
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鐘楼
   
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百日紅の花
   
少し前まで降っていた、雨のしずくと、サルスベリの花
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宝珠観音堂
納骨堂
   
お供はスザナです。
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七福神の一部
   
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福寿観音
   
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