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No.c381 国立競技場周辺 散策
No.c381 Take a walk around the National Stadium
Tokyo-To /Beautiful Japan
Photo 31 pieces/GreenSeason
◆聖徳記念絵画館
◆樺太国境画定標石
◆国立競技場
◆次世代への伝言
◆燃料に水素を使用した聖火台
◆1964東京オリンピック炬火台
◇散策
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ページラスト
聖徳記念絵画館 インフォメーション
所在地=〒160-0013 東京都新宿区霞ヶ丘町1番1号
会館時間=10:00~16:30(最終入館16:00)
. 12/30~1/3=10:00~16:00(最終入館15:30)
休館日=水曜日(祝日の場合は直後の平日)※臨時休館あり。
施設維持協力金= 500円
駐車場=普通車:1,600円/日
交通アクセス
都営大江戸線『国立競技場』駅 A1出口より徒歩約 5分
JR中央・総武線『信濃町』駅より徒歩約 5分
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聖徳記念絵画館(正面)
展示絵画のテーマ、内容については、次のような言及があります。
「近代日本の曙、壁画に見る幕末明治の歴史」
『徳川幕府を改め、日本史上空前の大改革が断行された明治維新。西欧の諸国が300年を費やした近代化を、明治天皇を中心に、僅か40年ばかりで成しとげた、輝かしき明治の時代、世界に誇る館内展示の80面の名画が語る日本近代化への飛躍の姿、歴史事件の数々。』
聖徳記念絵画館(左翼)
パーキングを利用したので、絵画館も見学したかったのですが4時過ぎていたので入れませんでした。
白いとんがり屋根のテントは、既に終わった
Christmas Market 2024 のものです。
元気な近隣の子供達
記念館前庭の池の鯉
樺太国境画定標石
時 明治39年6月~40年10月
所 樺太日露境界 ・
次のような説明がありました。
明治37~38年の日露戦役の講和条約でカラフトの北緯50度以南は、日本の領土となりました。
その境界を標示するため、日露両国委員は、明治40年9月4基の天測標と17基の小標石を建てて境界を確定しました。
外苑創設に際し、明治時代の1つの記念物として、当時の樺太庁がこの境界標石を模造し外苑に寄贈したものです。当初苑内北方隅の樹間にありましたが、この度、全国樺太連盟からの、篤い要望に応えて、より目立つ絵画館前のこの地に移し整備配置しました。
日本側の菊の紋章の背面には露国の鷹の紋章が刻んであります。
また、聖徳記念絵画館の壁画「樺太国境画定」(安田稔画)には、両国委員が境界標を建設する光景を史実に基づいて描いた絵画が展示されております。
昭和54年6月2日 明治神宮外苑
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はためく国旗
国立競技場
国立競技場 インフォメーション
所在地=〒160-0013 東京都新宿区霞ヶ丘町 10-1
TEL= 0570-050-800
営業時間=10:00~18:00
敷地面積=約109,800㎡/建築延べ面積=約192,000㎡
階数=地上5階、地下2階
高さ=約47m
収容人数=68,000人
明治神宮外苑駐車場=普通車:1.600円/日
交通アクセス
JR総武線『千駄ヶ谷』駅/『信濃町』駅より徒歩約 5分
都営大江戸線『国立競技場』駅 A2出口より徒歩約 1分
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建物の高さを抑えたフラットな屋根構造
50m以下に建物の高さを抑え圧迫感を軽減
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東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(コロナのために2021年に順延されました)のメインスタジアムとなった競技場です。スポーツ史に残る名シーンを生み出し、「聖地」として愛されてきた旧国立競技場は、数年に及ぶ大規模改修を経て生まれ変わりました。
日本の気候・風土・伝統を踏まえた木と緑のスタジアム
日本の気候・風土に適した日本の伝統建築の特徴である軒庇(のきびさし)をスタジアムの外周に設けています。日射と雨を遮り、柔らかな陰影をつくる軒庇は建築と環境をゆるやかにつなげ、自然と調和する日本らしいスタジアムを創り出しています。
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G 青山門
国産木材の利用による世界に誇れるスタジアム
大屋根のトラス(構造骨組み)には、木材と鉄骨を組み合わせた部材を採用し、全ての観客席から木のぬくもりが感じられるスタジアムとしています。また、建物外の軒庇や室内にも積極的な木材利用を図り、世界に誇れる日本らしいスタジアムとしています。大屋根や軒庇の木材は、森林認証を取得した国産材を47都道府県から調達し用いています。
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炬火台(きょかだい)
1958年アジア大会のために造られた炬火台の設計は、国立競技場の設計者でもある角田栄ほか4名が担当、製作は川口内燃鋳造所の美術鋳造の名工・鈴木万之助が担当した。
最初は、以前の国立競技場の南側スタンドの最上段へ設置されたが、1964年東京オリンピック大会時にはバックスタンド(東側)最上段へ移設され、大会期間中聖火が灯された。2020年に新しい国立競技場前に移設した。
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Gゲートのチケット売り場
2020東京オリンピック・パラリンピックの聖火台
大会史上初の水素聖火台
佐藤オオキ氏による太陽をモチーフにしたデザイン。
球体が花のように開くことで生命力や希望を表し、東京2020大会の開始を神聖なイメージで象徴的にビジュアライズしている。
東京2020大会では2代の聖火台が製作され、1台は開会式用で国立競技場に、もう一台は東京臨海部夢の大橋有明側に設置された。
令和3年7月24日(土) 0:50頃に点火され、8月8日(日)までのオリンピック期間と、令和3年8月24日(火) 11:40頃点火され9月5日までのパラリンピック期間、点灯されていました。
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健康美
明治神宮外苑アイススケートリンク
都営大江戸線『国立競技場』駅
駅の近くに、このようなプレートを見つけました。
次世代への伝言
-出陣学徒壮行碑に寄せて-
昭和18年(1943)10月2日、勅令により在学徴集延期臨時特例が公布され、全国の大学、高等学校、専門学校の文科系学生・生徒の徴兵猶予が停止された。この非常措置により同年12月、約10万の学徒がペンを捨てて剣を執り、戦場へ赴くことになった。世にいう「学徒出陣」である。
全国各地で行われた出陣行事と並んで、この年10月21日、ここ元・明治神宮外苑競技場においては、文部省主催の下に東京周辺 77校が参加して「出陣学徒壮行会」が挙行された。折からの秋雨をついて分列行進する出陣学徒、スタンドを埋めつくした後輩、女子学生。征く者と送る者が一体となって、しばしあたりは感動に包まれ、ラジオ、新聞、ニュース映画はこぞってその実況を報道した。翌19年にはさらに徴兵適齢の引き下げにより、残った文科系男子および女子学生も、軍隊にあるいは戦時生産に動員され、学園から人影が絶えた。
時流れて半世紀。今、学徒出陣50周年を迎えるに当たり、学業半ばにして陸に海に空に、征って還らなかった友の胸中を思い、生き残った我ら一同ここに「出陣学徒壮行の地」由来を記して、次代を担う内外の若き世代にこの歴史的事実を伝え、永遠の平和を祈念するものである。
平成5年(1993)10月21日 出陣50周年を記念して
出陣学徒有志
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夕焼け雲
競技場脇に設置された 水辺の里庭
水辺の里庭
もみじ
落ち葉とマンホール蓋
近くにある、東京体育館
(オリンピック・パラリンピックでも使用された施設)
背後に見えるのはDocomoタワー
競技場脇「大樹の里庭」に設置された
国立競技場の立て看板
街並みシルエット
国立競技場をひと廻りしているうちに空は暗くなりました。
お供はジョージーナでした。
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