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No.c416 堀切 菖蒲園 1
No.c416 Horikiri Iris Garden
Tokyo-To/Beautiful Japan
Photo**pieces/GreenSeason
◆葵上、初霜、夕日潟、春の海、五湖の遊
◆遊女の姿、奥万里、野端菖蒲、波乗り船
◆相生、浜風、江戸錦、小桜姫、黒龍の爪
◆大鳥毛、ステップルド リップルス、🈸清滝
◆夢野里、舞姫、万代の波、葦の浮船、北斎
◆千歳、小笹川、七変化、峠の松、蒲生川
◆夜明け前、道中双六、鳳凰冠、蘇峰、清少納言
◆追風、藍草紙、涼夕、都の巽、和田津海
◆フェエイジョア
◇ハナショウブ、葛飾区指定名勝、庭園
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同園で開催される葛飾菖蒲まつりより、
1週間早かったのですが、
近くに用があったので、立寄ってみました。
満開には少し早く、まだ咲いていない品種もありました。
写真が多く、2ページに分割しました。
インフォメーション
   
所在地=〒124-0006 東京都葛飾区堀切 2-19-1
開園時間=9:00~17:00 (6/1~6/25= 8:00~18:00)
休園日=年末年始(12/29~1/3)
入園料=無料
駐車場=荒川河川敷内有料駐車場あり(かなり離れています) |
交通アクセス
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葵上(あおいうえ) 江戸古花
   

「堀切菖蒲園」の歴史
東京の東部低地に位置する葛飾区一帯は、江戸時代に葛西三万石とも言われる水田地帯で、稲作の他に野菜類や花卉(かき=観賞用の草花)の栽培が盛んな地域でした。寛政6年(1794)の地誌『四神地名録(ししんちめいろく)』に「いろいろの草花かぎりなき事」という記載が見られます。
堀切への花菖蒲伝来については、室町時代の地頭・久保寺胤夫が家臣の宮田将監(しょうげん)に命じて、奥州郡山の安積沼(あさかぬま)から持ち込んだのが起源という伝来があります。16世紀後半の『小田原衆所領役帳』に「窪寺」という名は見られますが、詳細は不明です。
記録に残る花菖蒲栽培の始まりは、小高園の祖となる伊左衛門が手がけたものです。伊左衛門は父子二代にわたり、享和・文化年間(1801~1818)頃から各地の花菖蒲を収集したほか、花菖蒲愛好家で知られる旗本の松平左金吾定朝(菖翁)や、万年録三郎からも品種を入手し繁殖に努めました。
天保年間(1830~1844)になると、小高家の花菖蒲は諸大名や旗本の間で評判となります。嘉永元年(1848)には十二代将軍家慶(いえよし)と子の家定が鷹狩の際に立ち寄ったほか、尾張藩主徳川斉荘(なりたか)からは「日本一菖蒲」の画賛が贈られました。
また、初代広重などの絵師が堀切の花菖蒲を描いていることや、弘化3年(1846)に、「草花より穀物の栽培に専念すること、見物客に飲食物の提供をしない」という誓約書を代官所へ提出していることから、文人・墨客や江戸の庶民も堀切に押し寄せていたことがうかがえます。 ★に続く |
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初霜(はつしも)
江戸堀切
   
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夕日潟(ゆうひがた)
江戸
   

★より続く
明治維新を迎えると、幕末に日本で最初の観光花菖蒲園として開園した小高園・武蔵園に加えて、吉野園・堀切園・観花園が明治時代後期までに相次いで開園します。さらに昭和初期にかけて、四ツ木園・菖香園・(山岸)菖蒲園が開園、花菖蒲栽培農家も多数存在しました。昭和5年(1930)の日本花菖蒲協会設立時には、堀切の花菖蒲園関係者が会員の一割を占めていました。
しかし、都市化の進行に伴う水質汚染と第二次世界大戦下の影響が、花菖蒲園に及ぶようになります。昭和10年代にかけて武蔵園・吉野園などが閉園、戦争が激化すると、食糧難解消のために花菖蒲田は水田となっていきました。昭和17年(1942)の小高園の閉園により、堀切の花菖蒲栽培は一旦途絶えました。
終戦後、唯一復興した花菖蒲園が堀切園です。疎開させていた花菖蒲の株を植え戻し、昭和28年(1953)に有限会社堀切菖蒲園と名を改め営業を再開しました。その後昭和34年(1959)に都が買収、翌年に都立堀切菖蒲園が誕生しました。当初は有料でしたが、昭和47年(1972)からは無料化されます。
そして昭和50年(1975)4月に葛飾区に移管、昭和52年(1977)には葛飾区指定名勝となり、今日に至ります。現在、園内では約200種6,000株に及ぶ花菖蒲が栽培されており、その中には菖翁由来の菖翁花も含まれます。 |
平成30年3月 葛飾区教育委員会
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葛飾区指定名勝 堀切菖蒲園
   
この地に初めて花菖蒲が伝来したのはいつの頃か明らかではありませんが、一説によると、室町時代堀切村の地頭久保寺胤夫が家臣の宮田将監に命じて、奥州郡山の安積沼(あさかぬま)から花菖蒲を取り寄せて栽培させたのが始まりとも、文化年間(1804~1817)堀切村の百姓伊左衛門(小高氏)が花菖蒲に興味を持ち、本所の旗本万年録三郎から「十二一重」を、花菖蒲の愛好家松平左金吾(菖翁)から「羽衣」「立田川」などの品種を乞い受け繁殖させたのが始まりとも言われています。
堀切で最初の菖蒲園は、江戸時代末期に開園した小高園で、明治に入ると武蔵園・吉野園・堀切園・観花園などの菖蒲園が開園しています。この堀切菖蒲園は堀切園の跡です。
堀切の花菖蒲の様子は「江戸百景」に数えられ、鈴木春信・安藤広重などの著名な浮世絵にも描かれています。また明治には『東京遊行記(明治39)』『東京近郊名所図絵(明治43)』などに次々と菖蒲園が紹介され、全盛期は明治中期から大正末期頃だと思われます。
園内では、「十二単衣」「酔美人」「霓裳羽衣」など希少な品種も多く見られます。 |
-葛飾区教育委員会-
※ あいにく 希少品種はまだ咲いていませんでした。
春の海(はるのうみ)
江戸
   
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五湖の遊(ごこのあそび)
   
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遊女の姿(ゆうじょのすがた)
江戸古花
   
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奥万里(おくばんり)
江戸古花
   
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野花菖蒲(のばなしょうぶ)
野生
   
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波乗り船(なみのりぶね)
江戸古花
   
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相生(あいおい)
江戸古花
   
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浜風(はまかぜ)
   
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江戸錦(えどにしき)
江戸
   
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小桜姫(こざくらひめ)
長井
   
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黒竜の爪(こくりゅうのつめ)
江戸古花
   
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大鳥毛(おおとりげ)
堀切
   
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ステップルド リップルス
米国
   
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新清滝(しんきよたき)
伊勢
   
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夢の里(ゆめのさと)
江戸
   
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舞姫(まいひめ)
肥後
   
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万代の波(ばんだいのなみ)
江戸古花
   
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葦の浮船(あしのうきぶね)
   
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北斎(ほくさい)
肥後
   
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千歳(ちとせ)
江戸
   
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小笹川(こざさがわ)
江戸
   
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七変化(しちへんげ)
江戸古花
   
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