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No.c440 神武天皇御陵と橿原神宮
No.c440 Kashihara Shrine & the Mausoleum of Emperor Jimmu
Nara-Ken /Beautiful Japan
Photo 34 pieces/GreenSeason
◆神武天皇御陵:初代天皇の御陵
◆神武天皇即位の地
◆樫の並木
◆橿原神宮:奈良の代表的な神社
◆パワースポット
◆深田池
◇神宮、神社、御陵
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神武天皇御陵 インフォメーション
   
正式名称=畝傍山東北陵
(うねびやまのうしとらのすみのみささぎ)
所在地=〒634-0061 奈良県橿原市大久保町
開門時間=9:00~16:00 鳥居前の拝所から参拝
※ 御陵は宮内庁管理のため、内部立ち入りは不可。
料金=無料
無料駐車場=数台あり |
交通アクセス
近鉄畝傍御陵前駅から徒歩約5〜9分
近鉄八木西口駅から徒歩約19分
近鉄橿原神宮前駅から徒歩約20分 |
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神武天皇畝傍山東北陵
1.みだりに域内に立ち入らぬこと
1.魚鳥等を取らぬこと
1.竹木等を切らぬこと |
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手水鉢
   
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神武天皇 御陵
    神武天皇とは
| 神武天皇は日本神話に登場する初代天皇で、建国神話の中心人物です。 |
• 名前:神武天皇(じんむてんのう)、本名:カムヤマトイワレビコ
◆系譜:
• 天照大神の子孫
• 父:彦波瀲武鸕鶿草葺不合命(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)
• 母:玉依姫(たまよりびめ)
◆伝承:
• 九州・日向(現在の宮崎県)から東征を開始
• 生駒の豪族・長髄彦との戦いを経て、大和(奈良県)を平定
• 紀元前660年1月1日、橿原宮で即位
• 崩御:即位から76年後、享年127歳と伝えられる
• 陵墓治定:現在の御陵は1863年、孝明天皇によって正式に治定されました |
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陵墓関連建物
   
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陵墓管理事務所
   
| 神武天皇陵は初代天皇の陵墓として特に重要視されており、専用の管理施設が設けられているようです。 |
近くですが、歩くには少し距離がありそうなので
車を移動して橿原神宮に向かいます。
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橿原神宮(かしはらじんぐう)
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橿原神宮 インフォメーション
   
所在地=〒634-8850 奈良県橿原市久米町 934
開門時間=日の出~日没まで(季節により変動あり)
料金=無料
◆宝物館=平日:10:00~15:00/土日祝:9:00~16:00
入館料=700円(小学生以下無料、カフェ割引券付)
休業日=無休(宝物館は臨時休館有り)
ご祭神=神武天皇と媛蹈鞴五十鈴媛皇后
創建=1890(明治23年)
神域面積=約 53万㎡
特徴=京都御所から移築された本殿、深田池、表参道のカシ並木など、自然と歴史が調和のとれた荘厳な空間
有料駐車場=あり。約800台(正月期間中は臨時駐車場含め約1,500台) |
交通アクセス
近鉄南大阪線・橿原線「橿原神宮前駅」中央出口より徒歩約10分
近鉄橿原線「畝傍御陵前駅」から徒歩約13分
近鉄吉野線「橿原神宮西口駅」から徒歩約25分 |
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橿原神宮の鳥居
   
橿原神宮の鳥居は、表参道に二基、北参道と西参道に各一基の計四基あり、鳥居の形状は明神鳥居です。
昭和15年に台湾の阿里山から運んできた檜でできた鳥居でしたが、老朽化の為、平成28年に新しく建て替えました。その際、この鳥居の歴史を後世に残す為に笠木部分には元の鳥居の檜を使用しています。
◆表参道鳥居の大きさ 高さ10m・直径1m |
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神橋
   
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南手水舎
   
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手水舎
   
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南神門
   
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南神門
   
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南神門と一体になった、神符守札授与所
   
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境内特別整備事業案内
   
ご本殿周辺地整備
外拝殿、扉、関係補修
車椅子専用道路新設(表参道)
参拝者用駐車場整備350台
トイレ内部整備
森林整備授業
ツツジ植生整備(県道沿い) |
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境内の謎の小屋(仮)
   
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皇后陛下御歌
神武天皇2600年祭にあたり 橿原神宮参拝
   
遠つ世の 風ひそかにも 聴くごとく
樫の葉そよぐ 参道を行く |
| 平成28年4月、当時の天皇皇后両陛下は、神武天皇2,600年祭にあたり、神武天皇御陵をご参拝になるとともに、神武天皇をお祀りする橿原神宮をご参拝になりました。美智子皇后陛下のこの御歌は、ふと遠い歴史の彼方から吹いてくるひそやかな風の音を聞くようなお気持ちで、樫の葉のそよぎを聞かれつつ参道をお進みになった際のことをお詠みになったものです。 |
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境内の曲がった赤松の樹とその後ろに見える北神門
   
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外拝殿 参拝所
   
橿原神宮
御祭神=神武天皇 媛蹈鞴五十鈴媛皇后
神武天皇(じんむてんのう)
第一代天皇。古くは神日本磐余彦火火出見天皇
(かむやまといわれひこほほでみのすめらみこと)
媛蹈鞴五十鈴媛皇后(ひめたたらいすずひめこうごう)
第一代皇后。大物主命の御娘にあたる(紀には事代主命の御娘) |
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開運大絵馬
   
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外拝殿から見えた渡り廊下
   
橿原神宮は大和三山の一つ、畝傍山の東南山麓に造営されており、
写真上方にその尾根の一部が見えています。
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御神徳
| 神武天皇の実に偉大な強運と、記紀においては137歳、127歳と大変御長寿であったことから、開運延寿(開運招福・健康延寿)の神様として厚く崇敬されています。 |
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 内拝殿
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橿原神宮 御由緒
天照大神は葦原中つ国(地上界)をご自身の子孫が永遠に治めるべき国であり、高天原と同じく平和で豊かな土地にするため、孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を中つ国の日向高千穂に降らせました。
神武天皇はこの瓊瓊杵尊から数えて四代目にあたります。兄宮達と高千穂宮で政治を行っていましたが、天照大神の御心を更に拡げるべく東遷の旅につきました。
この大和の地に新たな都を築くまでに6年の歳月を費やし、その間多くの苦難を、天神の御神助と自身の強運により乗り越え、遂に畝傍山の東南橿原の地に宮殿を造り、第一代天皇となりました。これが我が国の統治の始まりとされています。
明治22年、この建国の偉業を達成した神武天皇を慕い、地元民間有志より橿原宮址に神社創建の請願が起こりました。明治天皇はこれを大変喜び、京都御所の内侍所を本殿、神嘉殿を拝殿として下賜され、明治23年4月2日に橿原神宮が創建されました。 |
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渡り廊下屋根と梁と柱と吊り灯籠
   
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渡り廊下の透かし壁
   
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植木の品評会
   
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土間殿
   
土間殿は法隆寺の五重塔をはじめ、多くの国宝や重要文化財の解体修理を手がけた宮大工 西岡常一(にしおか つねかず)氏が棟梁として初めて手がけた建物です。
土間殿は、昭和6年(1531)に拝殿として建設された建物です。昭和15年(1940)の紀元2600年奉祝事業によって新たな拝殿(現・外拝殿)が建設されることとなり、この拝殿は、現在の位置に移築され、それ以来「土間殿」と称されるようになりました。現在、各種行事の場として用いられています。
西岡常一(1908~1995年)は、祖父の代から続く法隆寺専属の宮大工棟梁の家に生まれ、宮大工として初めて文化功労者に選ばれています。 |
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神楽殿
   
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参集所
   
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南神門と一体になった、神符守札授与所
   
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表参道の 二基の鳥居
   
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深田池
   
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深田池のかも
   
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深田池
   
| 深田池は、飛鳥時代に築造された溜池であると伝えられています。遥かに葛城・金剛の山々を見渡す遠望に、季節の花々が池畔に彩を添え、参拝者の目を和ませています。 |
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表参道の樫の並木と奉納灯籠
   
なお、この橿原神宮に隣接する県立畝傍高校は
高市首相の出身校です。 |
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