c450 藤原京・今井・寺内町散策

奈良県(Nara-Ken)
2025/10/19 Sun.  


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藤原京・今井・寺内町散策


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No.c450 藤原京・今井・寺内町散策
No.c450 Walking tour of Fujiwara Palace,I mai, & Jinaimachi.

Nara-Ken /Beautiful Japan
Photo 20 pieces/GreenSeason
◆今井町
◆寺内町
◆橿原市
◆タイムスリップ気分
◆環濠
◇町並み散策、重要伝統定建造物保存地区
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 「今井町」を取り巻いていた防御用の 壕=「環濠(かんごう)」の跡が、水路として残されています。
 「今井町」は室町時代末期=戦国時代に、真宗(鎌倉時代に親鸞の弟子達が教団化した宗派「浄土真宗」)門徒らによる自治都市=「寺内町」として形成されたとされています。
 室町時代には、真宗本願寺派の第8代法主・蓮如が教勢を拡大。各地で領主勢力と対抗して「一向一揆」を起こすなど、真宗門徒集団は、戦闘的姿勢をみせ、畿内を中心に各所に寺内町が生まれます。今井町のように防御用の環濠が施されている場合もあります。

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インフォメーション

所在地=〒634-0812 奈良県橿原市今井町
営業時間=Free (施設により開館時間あり)
駐車場=有料P有り
交通アクセス
近鉄 『八木西口』駅より徒歩約5分
JR『畝傍(うねび)』駅より徒歩約8分
近鉄『大和八木』駅より徒歩約10分
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 明治36年に建てられ、昭和4年からは今井町の役場として使われていた建物です。修理を施され、旧状を復元し、「今井まちなみ交流センター華甍(はないらか)」として再利用されています。内部には、「旧高市郡教育博物館」も併設されています。



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静かな町並みの佇まいです。

 電線を地中化するなど、景観を損なわないよう、きれいに整備されています。




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 郵便受けの色も、家屋の腰板の色に合わせており、各家毎に細心の注意が払われています。
 渋い色合いを背景に、コキアなど鉢植えの花々が、彩りを添えています。




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木村酒店

 




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 日曜日の夕方近く、まばらに観光客の姿が見られますが、あくまでも静かです。「寺内町」から始まり、江戸時代半ばには、商業都市として繁栄を見ましたが、近代以降急速に衰退、そのことでこの町並みが残されたとも言えます。




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重要文化財 河合家住宅
昭和51年5月20日指定

 江戸時代初期頃、上品寺村から移住し、古くより「上品寺屋」の屋号で酒造業を営んでいます。
 18世紀中頃に建てられた早い時期の二階建町家で二階に座敷等が設けられており、豪商の片鱗が伺える建物です。




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今井・寺内町
重要伝統的建造物保存地区

 和暦  西暦  出 来 事   
至徳3年  1286  「今井庄」が興福寺の寺領として、始めて記録にでる
天文元年  1532  興福寺の焼討ちにあう
天文2年  1533  この頃から町場化が進み今井兵部の寺内町が逐次整う
天正3年  1575  織田信長の軍門に降るが、津田宗及の斡旋で和を請う
文禄3年  1594  豊臣秀吉、吉野花見の際、兵部の招きで今井に立ち寄る
文禄4年  1595  「文禄検地」
 慶長5年  1600  関ヶ原の戦い以後、徳川氏の直轄地となる
元和元年  1615  大阪「夏の陣」に今井も攻撃されたがこれを撃退
 元和5年  1619  大和郡山藩預けとなり、延宝7年までづづく
寛永11年  1634  「今井札」発行
延宝7年  1679  天領となり幕末までつづく
寛政6年  1794  高取藩預かりとなる
 明治10年  1877  明治天皇、畝傍御陵参拝の際、称念寺を行在所とする
 昭和31年  1956  隣接町村が合併し、橿原市今井町となり、現在に至る
平成5年  1993  重要伝統的建造物群保存地区に選定




※ 上の画像の地図部を切り出しました。









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大和御用達 つけものや

 




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西光寺 浄土宗

  当寺の創立、沿革は明らかでないが、「文禄検地帳之写」に、新町西光寺の名がみえ、文禄4年(1595)には寺のあったことが知られる。
 もとは天台宗に属していたが天正年間、応誉上人の代に浄土宗に改宗し現在に至る。
 また、本堂は今井小学校の前身校舎(文明舎)として明治7年から利用が始まった。その願書も当寺に残っている。
 本堂は焼失後再建されたもので、桁行17米、梁間16.5米、入母屋造、本瓦葺、向拝付の重厚な建物で、正・側面の広縁、向拝部の絵様は建物の時代、特徴をよく表している。
 建築年代は19世紀前半ころとみられる。
 鐘楼は境内の西南部にあり棟札から元禄3年(1690)に建立されたことがわかる。
 表門も元禄頃の建物で、西側南方「西向き」にあったものを、寛政7年(1795)現地に移建し、最近部分修理が行なわれた。
-橿原市教育委員会-



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 真宗(浄土真宗)の「寺内町」として町並みが形成されたとはいえ、織田信長に屈服して以降は、より開放的な商業都市として繁栄、他宗派の寺院も見られます。



 供養する人がいなくなった古い墓石が移され、一カ所にきれいにまとめられています。












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西光寺の鐘楼は境内の西南部にあり棟札
から元禄3年(1690)に建立。

 




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うなぎ 粋や

 四万十川産のうなぎと若狭産コシヒカリを使用したこだわりのうな重がうりものですが、みたらし団子や蒸し羊羹などの甘味もあるようです。
 観光地としてみるなら、今井町内の飲食店はあまりにも少ないと言えますが、景観保存の規制があること、鉄道駅からはずれていることから、飲食店の立地には自ずと制約があります。




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日蓮宗 蓮妙寺

 奈良県橿原市今井町にある蓮妙寺(れんみょうじ)は、日蓮宗の寺院で、山号は慧生山。正慶2年(1333年)に大覚大僧正・妙実上人によって創建されました。(ということは、寺内町としての今井が形づくられる以前と言うことになります。)本尊は久遠実成本師釈迦牟尼仏。境内には、北斗七星の神格化である妙見様を祀る妙見堂や、三十番神、そして歯の守護神・慶巳様を祀る社もあります。今井町の歴史的町並みに溶け込むように佇み、地域の信仰と文化を今に伝える存在です。静かな町歩きの途中に、心を整えるひとときを与えてくれます。




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蓮妙寺の鐘楼

 白壁の塀に囲まれた境内から頭をのぞかせるように建っており、町並みの中でもひときわ目を引く存在です。重厚な屋根と木組みが美しく、今井町の歴史的景観と調和しながらも、どこか荘厳な雰囲気を漂わせています。




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 エアコンの室外機も、むき出しにすることなく、木枠の中に収められており、景観への配慮が見られます。
 格子窓に、さりげなくカワイイ和風の飾り物が吊り下げられており、オシャレです。




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 足休めができるベンチを配した中庭状の敷地です。
 井戸を汲み上げ、何かに利用しているようです。




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 戸口の草花が賑やかで、通行人の目を楽しませています。






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冊子を参考にしました。


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