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No.n173 成子天神社
No.n173 Naruko Tenjinsya
Tokyo-To /Beautiful Japan
Photo29pieces/GreenSeason
♪=エリートシンコペーション
◆菅原道真
◆富士塚、力石
◆大鳥神社 日本武尊、
◆成子稲荷神社 宇迦之御魂命
◆浅間神社 木花咲耶姫命
◆七福神
◇天神社
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鳥居と山門 表参道より
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恵比寿天
   
成子天神社
所在地=東京都新宿区西新宿8-14-10
電話・ファックス=03-3368-6933
主祭神=菅原道真
例祭=9月25日
文化財=富士塚、力石
境内末社=大鳥神社 日本武尊、
成子稲荷神社 宇迦之御魂命
浅間神社 木花咲耶姫命
アクセス
東京メトロ丸の内線=「西新宿」駅1番出口より2分
都営地下鉄大江戸線=「都庁前」駅E2出口より8分
JR線=「新宿」駅より徒歩11分
西武新宿線=「西部新宿」駅より12分 |
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大黒天
   
成子天神社 由緒
| 創建は延喜3年(903年)。当時、菅原道真が死去し嘆き悲しんだ家臣が道真の像を大宰府から持ち帰り祀ったのが始まりであるという。その後鎌倉時代、源頼朝により社殿が造営された。しかし江戸時代に入り寛文年間に起きた火災によりそれまでの記録や社宝などが焼失してしまい、現在地に移転。その後第二次世界大戦中にも空襲により社殿が焼失している。1966年に鉄筋コンクリート製の社殿を造るも、老朽化のため2013年境内に高層の分譲マンション・賃貸マンション・神社施設を新たに建築して現在に至る。付近が新宿新都心の高層ビル街に変わった現在も、周辺の人々から信仰を得ている。 |
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毘沙門天
   
成子天神社
西新宿8丁目に、静かにたたずむ神域「成子天神社」。
「学問の神様」と「厄除けの神様」と知られる天神様
そのご神徳はそればかりではありません。
詳細は公式サイトでご覧ください。
↑ 新しいウインドで開きます。
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手水舎
   
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本殿
   
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本殿と狛犬
   
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撫牛
   
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本殿 天神様
   
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力石
   
成子天神社の力石 有形民俗文化財
力石は、祭礼などで余興として行われた力比べに使われた卵型の大きな石です。成子天神社には7個が残っており、社殿前に並べられています。
7個すべてに銘文が刻まれていますが、このうち2個は判読できません。残りの5個には、40貫(約150kg)から58貫余(約218kg)に及ぶ重量や、虎松・喜太郎・亀次郎・市蔵という人名が刻まれています。人名は奉納者または持ち上げることのできた人物の名であると思われます。
製作時期は記されておらず不明ですが、江戸時代末から明治時代頃のものと推定され、人名が重複していることから、ほぼ同時期に奉納されたものと考えられます。
平成26年12月 新宿区教育委員会 |
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神殿
   
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神楽殿
   
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弁財天 大鳥神社
   
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ボケの花
   
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水神宮前の井戸
   
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水神宮
   
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ヒイラギナンテンの実に似ていますが、
葉っぱが違うようです。
   
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ハナカイドウ
   
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ハナカイドウ
   
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成子稲荷神社 宇迦之御魂命
   
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富士塚
新宿区指定有形民俗文化財
   
| 神社境内にある富士塚。高さは約12メートルで大正9年(1920年)に作られたもの。新宿区内では最大規模。山頂には木花咲耶姫命の像があったが2011年3月11日の地震により北側斜面に落下し、浅間社前に立て直された。また道の途中には七福神が祀られている。普段は非公開で正月7日間のみ参拝・登攀できる。2010年には富士塚がパワースポットとしてメディアで取り上げられ、毎日数十人の参拝者があったことから、5月頃以降公開された。2011年3月の地震災害に伴い公開を取りやめ、8月ころ公開を再開。 |
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浅間神社 木花咲耶姫命像
   
北参道
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富士塚 頂上より
   
浅間神社 小詞
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富士塚 頂上より
   
成子天神社の富士塚 登録文化財 史跡
大正9年(1920)8月に、成子天神社境内にあった天神山という地山に富士山の溶岩を配して築かれた富士塚です。区内では最後に築かれ、最大規模となっています。塚の北側には浅間神社の小詞があります。
富士塚は、江戸時代中期より、江戸庶民の間で盛んになった富士信仰の遺跡です。同業者を中心に富士講が組織され、神社の境内に模造富士を築いて崇拝しました。
成子天神社の富士塚は、柏木、角筈地域(現在の北新宿・西新宿)の人々を中心に組織された丸藤成子講が奉仕していたもので、最盛期には200名の講員がいましたが、現在は活動していません。
平成26年11月 新宿区教育委員会 |
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馬酔木の花
   
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富士塚の岩の苔間に咲いているのは
すみれの種類でしょうか。。。
   
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布袋和尚
   
訪問から約2年が経ち、
境内の緑が、すっかりなじんでいるようです。
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