
OMOCHA NO MACHI
壬生町 おもちゃのまち
|
   
-------------------------------------
No.n275 バンダイミュージアム
No.n275 Bandai Museum
Tochigi-Ken /Beautiful Japan
Photo 37 pieces/GreenSeason
♪=ジ・エンターテイナー/ S.Joplin
◆壬生町 おもちゃのまち
◆トッキュウブラスター
◆機動戦士ガンダム
◆モデル・コール・マイン
◆エジソンコレクション
◆テディーベア
◇museum、博物館
出かけませんか?CandyBox
n275-Copyright(c) Candybox All Rights Reserved.
--------------------------------------
ページラスト |
|

|
インフォメーション
   
所在地=〒321-0202
. 栃木県下都賀郡壬生町おもちゃのまち 3-6-20
TEL=0282-86-2310 / FAX=0282-86-5076
営業時間=10:00~16:30 (入館は16:00まで)
休館日=毎週火曜日・水曜日・年末年始
入館料:大人=1,000円 JAF= 200円引 小人=600円
. 65歳以上=800円
駐車場=あり
※ 館内、全展示物撮影できます。 |
交通アクセス
湘南新宿ライン=『石橋』駅よりタクシーで15分→ミュージアム
東北本線=『石橋』駅よりタクシーで15分→ミュージアム
東武宇都宮線=『おもちゃのまち』駅より徒歩10分→ミュージアム |
*
|

|
♪スヌーピーと仲間たち
   
音楽を奏でながら、楽しそうに体を動かしていました。
*
    栃木県下都賀郡壬生町おもちゃのまちの
バンダイミュージアムに行きました。
バンダイのキャラクターや、世界のクラシックおもちゃ
そして、私が一番興味深かった
エジソンコレクションなどが、展示されています。
*
|

|
ドールハウス
   
|

|
トッキュウブラスター
   
光り輝く路線『レインボーライン』の上を走る
『烈車』にのるトッキュウジャーが、
悪の路線『シャドーライン』を走る
『クライナー』と戦う物語。
変身者同士がスーツを交換できる
乗り換え変身が最大の特徴。
*
|


|
巨大な上半身 GUNDAM
   
1979年4月7日より翌年の1月26日にかけて放送されたTVアニメーション番組『機動戦士ガンダム』
その斬新なキャラクターと重厚なドラマが当時の若者たちに支持され、一大ムーブメントを巻き起こした作品であった。 |
*
   
TV放送終了から半年後の1980年7月、ガンダムファンの熱い希望に応える形でバンダイがガンダムプラモ(現在の“ガンプラ”)の第1号である『1/144 ガンダム』を発売。
その後、ガンダムシリーズに登場する“モビルスーツ”は、FG、HG、MG、PG、などの様々なスケール、グレードでシリーズ化。
さらに、多色成型技術“システムインジェクション”や「スナップ・フィット方式」など、様々な新技術も導入され“ガンプラ”は、日本を代表するプラスティックモデルシリーズに進化、成長を遂げている。
“宇宙世紀 0079”と呼ばれる未来の地球を舞台に描かれたTVアニメーション『機動戦士ガンダム』その物語の中で、主人公“アムロ・レイ”が操縦して活躍した機体が、この“RX-78 ガンダム”である。
新型の人型機動兵器“モビルスーツ”として登場した“ガンダム”は、上半身(Aパーツ)と下半身(Bパーツ)に分離が可能で、操縦席となる小型戦闘機“コア・ファイター”との連携で様々な形態を持つ汎用機体であった。
本展示品は、全高18mという巨大なモビルスーツ“ガンダム”の上半身(Aパーツ)を、実物大で再現したものです。その大きさを体感してください。 |
*
|

|
プレイエリア
   
|

|
へんしんコーナー
   
壁に下がっているのはサンプルドレスで、変身コーナーの中には
たくさんのコスチュームが用意してあります。 ^^*
バンダイミュージアムでのお気に入り写真を、
フェイスブックやツイートにアップすると、プレゼントが戴けます。
※ フロントで手続きが必要です。
|

|
モデル・コール・マイン
制作ねン:1904-1922
産業革命後のイギリスの繁栄を陰で支えた19世紀の炭鉱街の
一日の生活の様子を、約170体の人形たちなどで精巧に再現しています。
   
今から約100年以上も前の1904年から18年の歳月をかけてイギリスのフェルベス夫妻の手により作られました。
1924年にイギリスで開催された『大英帝国博覧会』に出展されて、当時大変な話題を呼びました。
現在はつくられた当時の仕掛けを生かしたまま修復して動態で展示されています。 |
*
|

|
   
|

|
ACTION MAN
   
|

|
   
|

|
蒸気機関車
年代:1900年代 ドイツ、 メーカー:ビング
   
| この時代は鉄道模型の黄金時代といわれましたが、現在まで残っている当時の製品をみると極めて適切な表現ではないかと思われます。 |
*
|

|
扇状機関庫
年代:1910年代 ドイツ、 メーカー:メルクリン
   
鉄道模型愛好家にはたまらないシュチュエーションです。
当時はこのような機関庫が各地で見られたのではないでしょうか。
*
|

|
立体視装置 テレスコピックビュー
上の穴から覗いてみてください。
   
| 何枚もの絵を切り抜いたものを重ねて見ることで立体の情景を再現して見せるおもちゃです。 |
・・・穴から覗いて、立体的に見えた絵・・・
|

|
立体視装置 テレスコピックビュー
上の穴から覗いてみてください。
   
・・・横から見ると仕組みが見えます。・・・
|

|
ルーズベルト大統領と小熊
   
テディーベアといえばドイツのシュタイフ社が有名ですが、実はアメリカで生まれたものなのです。
米国の26代大統領セオドア・ルーズベルトがハンティングに出かけた際、成果が上がらずにいたところ、同行の者が大統領のために小熊を連れてきましたが、大統領は小熊を撃つことを拒みました。
この美談がワシントンポスト紙でイラスト入りで掲載され話題になり、これを知ったモリス、ミヒトムが妻の手作り熊に大統領の愛称である『テディ』と名付け、『テディベア』と書いたラベルを付けて販売したところ、大人気となりました。 |
*
|

|
愛されるクマたち
   
テディベアの流行は、最近始まったことではありません。
1907年にすでにテディベアの人気はかなりのもので、ぬいぐるみメーカーは競って、魅力あるクマを生産しました。
テディベアの評価はいかに大事にされ、人と長く過ごしたかということも重要です。傷んでへたった体の中にも、遊んでもらったという誇らしげな表情が読み取れます。 |
*
|

|
    こちらのクラシックトーイの展示品室では、
おもちゃ鑑定士の北原照久氏が、モニターで解説されていました。
|

|
ZAKUの夢
DREAM OF ZAKU
   
ガンダムの生みの親、富野由悠季監督による最新の立体作品『ZAKUの夢』
富野監督の発の立体作品『Frome First (2005)』をリニューアルアップした作品です。幻のガンダムブロンズ像を中心に、12体の全高 1.5mのザクが主人公となった新しいガンダム・ワールドの光景が作り出されています。 |
|

|
メガサイズモデル 約38cm 1/48スケール
    一つ一つのパーツが大きく、組み立てやすく、
大ボリュームなできあがり。
かっこいいアクションポーズも大迫力でキマる、
存在感のあるディスプレイに最適なブランド。
-パネルより-
*
|

|
ワンピース
   
子供から大人まで大人気のアニメ
『ワンピース』に登場する船のプラモデル。
*
|
 |
妖怪ウオッチ
   
*
|

Thomas Alva Edison
|

|
「エジソンミュージアムへようこそ」
バンダイ・エジソンコレクションについて
   
このエジソンの発明品コレクションはアメリカの特許弁護士 ヘンリー幸田&ビル・アンドローラ両氏が25年をかけて収集したものです。
約2,900点にのぼる収蔵品のほとんどが、今も実際に動く状態で保存されており、蓄音機や電球などのエジソンの代表的な発明品はもちろん、音響機器、照明機器、映像機器、産業機器、さらには家電品まで網羅された、世界でも有数のコレクションです。
バンダイでは幸田氏の
『エジソンを通じて日本の子供たちに科学の楽しさを実感してもらうと同時に、エジソンの発明品、人間性に触れてもらうことにより、新しいことにチャレンジする好奇心と創造性を育み、いつかエジソンのような人が生まれるきっかけになる場を造りたい』という意思に共感し、2003年9月末に両氏から約2,900点のコレクションを (株バンダイが取得しました。 |
*
|

|
エジソン時代のリビングルーム
   
このコーナーではエジソンの時代のリビングルームを再現してみました。
エジソン社では電球や蓄音機だけでなく、トースターやコーヒーメーカー、カップ、扇風機なども販売しており、家具などは現代のアンティーク調家具を使用していますが、その他のものは、ほとんどがエジソン社の製品です。
エジソンの発明品は、現代においても私たちが何気なく使っているような生活に密着したものが数多くあったことが伺えます。 |
*
|

|
発明家への階段
   
エジソンは最初から発明家として成功したわけではありません。むしろ底辺から一歩一歩、階段を上るように努力を積み重ねた一人の男なのです。
少年時代の野菜売りから始まり、新聞販売、電報技師、通信機の修理、発明・・・成功するためには、いったいどうすればよいのだろう?彼の人生は工夫の連続なのです。
普通の人間と違うところがあるとすれば、工夫を徹底的に楽しんだことでしょう。階段を一段一段上ることを楽しむことができるとき、人は思わぬ高さまで到達できるようです。トーマス・エジソンのように。 |
*
|

|
エジソンの言葉 Edison's Sayungs.
   
天才とは、1%のひらめきと99%の努力である。
私は失敗したことがない。
ただ、1万通りのうまくいかない方法を見つけただけだ。
私たちの最大の弱点は諦めることにある。
成功するのに最も確実な方法は、常にもう一回だけ試してみることだ。
私は決して失望などしない、どんな失敗も新たな一歩となるからだ。 |
*
|


|
エディフォン
   
マザー・マジック
発明王の少年時代を支えたおかあさんの魔法
   
| わずか3か月で小学校をやめてしまったエジソンは、12歳で汽車の中で新聞やお菓子の売り子になりました。この時に汽車の中で小新聞を発行したり、電信を覚えたのです。電信技術を覚えたのはエジソンにとって重要なことでしたし、新聞の発行は後の起業家としてのエジソンにとって重要なことでしたし、新聞の発行は後の起業家としてのエジソンにとって大切な経験になりました。自分の才能を信じ続けてくれたお母さんの魔法がこの時のエジソンを支えていたのです。 |
*
ミシン
   
ナンシーの教育
   
エジソンの母・ナンシーも息子に負けずに好奇心の強い女性でした。ですから問題を考えるとき、一つの答えでは終わりませんでした。もしかしたら、もっと素敵な答えがあるかもしれない。
風はどこから吹きてくるの?という息子に対して、ナンシーは答えをすぐに教えません。
二人で風がどこから吹いてくるのか追いかけまわしそれから百科事典で『風』について調べるのです。すると風についての興味は、「空」、「地球」、更に「宇宙」まで広がって行くのです。
こんな自由な発想が、息子を史上最大の発明家に育てたのではないでしょうか? |
*
|

|
エジソンの作った規格
   
◇電球のソケットE(エジソン)ベースと呼ばれる、ねじ込み式の電球取り付け部。何種類かのサイズが存在します。
◇コンセントのプラグとソケット、当時は電球ソケット式、水平式、平行式などがあったが現在の平行式もこの時に作られた。
◇35mmフィルムのパフォーレーションと1コマのサイズ。
◇アメリカで使われる軽い挨拶の言葉「ハロー」・・・・ |
*
|

|
蓄音機 Phonograph
   
1877年、今から約130年前に世界で初めて「音」を記録し、再生することのできる機械『蓄音機』がエジソンの手により発明されました。
エジソンは、電話機の発明やそれまでの実験から音が空気の振動によって伝わることを知っており、この空気の振動で針を動かすことで音を記録できると考えました。そして音の振動で震える「振動版」に針を取り付けて、その振動をスズ箔に記録し再生することで蓄音機を完成させました。 |
*
|

|
蓄音機
    エジソンは、耳が不自由だったことを、私は初めて知りました。
難聴というハンディキャップがあり、余計に音が聞きたくて
蓄音機を発明したそうです。
*
|

|
映写機
   
|

|
エジソンの白熱電球 Light bulb
   
エジソンは木綿糸を炭化させたカーボンフィラメントを用いた実験で約40時間の連続点灯に成功します。これが1879年10月21日の白熱電球発明の日、のちに「明かりの日」となった記念日です。
その後、エジソンは最善のフィラメント素材を探して6000種以上の素材を実験し、その中で竹の繊維が優れていることを発見します、そして世界中の竹を調査し、京都八幡村の竹が最も優れていることを確認すると、この竹を使って実用化に耐える白熱電球を生産し、世の中に送り出す事に成功しました。 |
*
|