337 津和野町並
島根県(Shimane-ken)
03/05/04 Sun.
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■ 西 周 旧居跡■
文部省指定史跡
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No.337 津和野の町並み
No.337 Rows of houses of Tsuwano
Shimane-Ken /Beautiful Japan
Photo:22pieces/GreenSeason
◆西周旧居跡、森鴎外生誕地
◆太鼓谷稲荷神社、津和野カトリック教会
◆津和野殿町通り、鯉
◇観光地、国指定文化財、神社、教会
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■森鴎外生誕地■
国指定文化財(史跡) 昭和44年10月29日指定
森鴎外旧宅
森鴎外(本名:森林太郎)は、文久2年(1862)1月19日この家に生まれ、明治5年(1872)に10歳で上京するまでここで過ごしました。その当時の様子は作品『ヰタ、セクスアリス』の中にも描かれています。
鴎外は、軍医総監陸軍省医務局長、帝室博物館総長兼図書頭となる一方、文学者としても活躍し、明治大正を代表する文豪として夏目漱石と並び称されています。死に臨んで「余は石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」と遺言し、大正11年(1922)7月9日60歳で永眠しました。
建物は嘉永6年(1854)に発生した大火の後に建てられたものと伝えられ、森家が東京へ移住した後、別の場所へ移築されましたが、昭和29年(1954)鴎外33回忌を機に町に寄付され、この場所へ戻されました。その後、昭和60年に大規模な保存修復を行い、現在に至っています。また、庭先の詩碑は、鴎外の『扣鈕』の詩を佐藤春夫の筆により建立されたものです。
平成7年(1995)にはこの旧宅に隣接して森鴎外記念館が開館し、鴎外の生涯と功績を顕彰しています。
津和野町教育委員会
-パネルより-
鴎外、 10歳で上京するまで過ごした家です。
森家が東京へ移住後別の場所に移築されましたが
昭和28年森33回忌に町に寄贈され
もとのこの地に戻されました。
昭和60年に大規模修復しました。
-冊子より-
太皷谷稲成神社 (たいこだにいなりじんじゃ)
安永2年(1773年)、津和野藩7代藩主亀井矩貞が、藩の領民安寧のために京都の伏見稲荷大社から勧請を受け、三本松城(津和野城)の鬼門に当たる太皷谷の峰に社を創建したのに始まる。
以降、歴代藩主の崇敬を受け、廃藩後は庶民も参拝できるようになり、中国地方有数の稲荷神社となった。
現在は「日本五大稲荷」を称している(他の4社は伏見稲荷大社・笠間稲荷神社・竹駒神社・祐徳稲荷神社)。
昭和10年(1935年)に郷社に列格した。
-ウィキペディアより-
元宮
社殿は幾度となく建替えられ、今の元宮(旧社殿)は、
大正12年に建てられました。 この社殿は、「元宮」として残し、御分霊が奉斎してあります。
元宮は昔、御殿様の崇敬神社であったため、
城に向かって建てられてあり、城内地である為、
庶民は参拝出来ませんでした。
明治になり一般庶民も参拝できるようになりました。
■郷 土 館■
↑この川にも大きな錦鯉がいっぱい泳いでいました。↓
■津和野カトリック教会■
津和野でのキリスト教弾圧による殉教者の霊を
慰めるために建立さた教会です。
室内は畳が敷き詰められていました。
■津 和 野 殿 町 通 り■
■沙羅の木■
津和野でいろいろ営業している沙羅の木のみやげ物店
たくさん居た観光客も時間がたつにつれ少なくなりました。、
こいのぼりが印象的でした。