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No.C054 常陸 風土記の丘
No.C054 HITACHI FUDOKI-no-Oka
Ibaragi-To /Beautiful Japan
Photo35pieces/GreenSeason
♪=ソナチネアルバム17番1楽章
◆古代家屋復元広場
◆時の門、石のモニュメント
◆鹿の子史跡復元
◆埋蔵文化財展示
◆そば打ち体験
◇テーマパーク、遺跡
出かけませんか?CandyBox
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常陸風土記の丘
インフォメーション
事業所:〒315-0007 茨城献石岡市大字染谷1646
連絡先:0299-23-3888 FAX:0299-23-7173
開園時間=9:00~17:00(3月~10月)
. 9:00~16:00(11月~2月)
休園日=月曜日(祝休日の時はその翌日)
. 年末年始(12/31~1/1)
入園料=大人:310円 小人:150円(6歳~15歳) |
*交通アクセス
JR常磐線「石岡駅」~
関東鉄道バス-染谷行-『常陸風土記の丘前』
関東鉄道バス-柿岡車庫行-『村上』下車徒歩15分
常磐道三郷I.C-40分千代田石岡I.C-15分風土記の丘 |
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時の門
石のモニュメント
現代・中世・古代を表現した「時の門」
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歴史の里・いしおかは、
古くからうるおいある文化を築き
鹿の子遺跡をはじめ数多くの文化的史跡や名所旧跡、
民俗芸能が伝承されてきました。
常陸風土記の丘は、そうした歴史的財産を
有意義に活用し、歴史、伝承、体験学習、スポーツ、
コミュミティーなど心のふれあう余暇活用施設で、
そば打ち体験をした後、お蕎麦を御馳走になり、
藁ぶき屋根の復元家屋など、興味深く見学しました。
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古代家屋復元広場
チケット売り場で、無料そば打ち体験に間に合うことを聞いて早々に「曲家」の中で開催されていたそば打ちに企画係が挑戦。 |
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うどん打ち体験
私は記録係として、たくさん写真を撮りました。
スペースの都合で4枚ご覧ください。
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麵棒でお蕎麦の塊を伸ばしてます。
お手本を示す先生
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茹でます。
職員の方が茹でてお蕎麦を御馳走してくれるそうです。
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きしめんではありません
そば打ちに挑戦した企画係が
打って切ったお蕎麦です。^^*
関東風のおつゆが太目のお蕎麦に絡み
とてもおいしかった~!
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直家(すごや)
冬の寒さが厳しい県北地方には、曲家が多くみられ、比較的暖かい県南地方には、寄棟の直屋が多くみられます。この民家は、江戸時代後期の直家をモデルに建築したものです。 |
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カギツルシ
囲炉裏には真上から「カギツルシ」をつるし、これに鉄びんや鍋をかけて煮炊きをします。炉端では食事をしたり客をもてなしたり、仕事をしたりします。 |
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中世の民家
鎌倉時代
この民家の頂までの高さは、8.9m、軒下までの高さは3.6mです。茅や麦わらで厚く被った草葺の大屋根は』夏の暑さや冬の寒さから人々を守ってくれます。屋根は茅葺で30~40年、麦わら屋根は10年くらいで葺き替えをします。 |
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中世の民家
鎌倉時代
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縄文時代住居
竪穴式住居
地面を円形や方形に掘り窪め、その中に複数の柱を立て、梁や垂木を繋ぎ合わせて家の骨組みを作り、その上から土、葦などの植物で屋根を葺いた建物のこと。なお「竪穴住居」とも表記することもある。 |
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縄文時代住居
竪穴式住居
約 10,000年前日本列島は少しずつ暖かくなり、地表はシイなどの照葉樹で覆われました。さらに土器や石器などの道具が発見され、人々は食料の確保や加工がより楽になりました。この建物は宮平遺跡から発見された1号住居跡をモデルに建築したものです。宮平遺跡は、縄文時代の最も発達した約 4,000年前の集落跡です。 |
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縄文時代住居の歴史
竪穴式住居
縄文時代には盛んに造られ、のちの弥生時代に伝わり、伏屋式が主流で、竪穴式は拠点集落の大型住居に限られ、首長居館として権威を示す形式として弥生・古墳の両時代に築造されたと考えられている。そして、日本の農家や民家のもととなっていった。 |
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弥生時代住居
稲を育てて収穫するという稲作農耕の技術が大陸から日本に伝わったのは約 2,300 年前の弥生時代のことです。米は収穫後長い間蓄積できるため、縄文時代に比べ安定した食料の確保を可能にしました。 |
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弥生時代住居
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鹿の子史跡公園
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鹿の子遺跡
この区域は、常磐道路道路建設に伴う発掘調査で発見された遺跡の一部を復元したものです。
発掘された建物は、住居ブロック、工房ブロック【鉄製品や同製品を作った作業場】官衙(かんが)ブロック【役所的な機能を持つところ】に分かれており、この遺跡は、常陸国の官営工房跡と考えられます。 |
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2号 連房式竪穴遺構
この建物は、地表面を東西22.124m、南北4.276mの隅丸長方形に掘り下げて床面とし、内部に東西6間、南北1間の規模で主柱が建ち、屋根を支えています。屋根は入母屋造り茅葺で、彩光と換気を図っています。 |
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2号 連房式竪穴遺構
発掘調査では、遺構から炉跡1基、カマド跡4基と墨書土器、漆付着土器、瓦、羽口、砥石、小札(こざね)、釘、鋼滓(こうさい)などが床面全体に出土しています。
建物の用途は、住宅と工房を併用したと考えられます。 |
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SB-4
この建物は、桁行8間(23.6m)、梁間3間(6.195m)の規模で、柱は掘っ立て柱、屋根は切妻造り割板葺です。壁は縦板壁、床は土間床です。
柱間寸法は、桁行1間・10尺、梁間1間7尺です。
発掘調査では、遺構から土器以外に羽口、鋼滓、小札の塚、釘などが出土しています。
建物の用途は倉庫と考えらえます。
※「鋼滓(こうさい)」 鉱石から金属を精錬する際にできる滓(かす)
※「小札(こざね)」鎧の材料の鉄の小板 |
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椿
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10月桜
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SB-10
この建物の屋根は切妻造り割板葺です。
壁は堅羽目板壁(かたはめいたかべ)
床は土間床です。
用途は倉庫と管変えられます。 |
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SB-28
独立した掘立柱が、床を支えた高床式倉庫です。
屋根は切妻づくり厚板ながら葺で、厚板の 接ぎ目に目板を打っています。
この建物の用途は、官衙(かんが)の貴重品を収納していた倉庫と考えられます。 |
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SB-5
復元した建物の中でこの建物だけが棟持柱で棟木を支えています。
屋根は切妻造り割板葺きで壁は板壁、床は土間床です。
建物の用途は、工房の製品の整理や仕上げなどの作業場と考えられます。 |
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5号連房式竪穴式
入母屋造り茅葺屋根で彩光と換気を図っています。
発掘調査では、遺構からカマド2基と土器、鉄製品などが出土していますが、床面出土のものは少なく用途そしては連房式の竪穴住居と考えられます。 |
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展示室
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所狭しと並べられた埋蔵文化財
石岡市内で発掘された埋蔵文化財を
遺跡別に展示しています。
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埋蔵文化財
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茅葺屋根の電話ボックス
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風土記の丘の見守り役の獅子頭展望台は、
修復工事中でした。
日本一大きな獅子頭だそうです。
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会津民家
江戸時代後期
移築復元した旧佐藤家は、江戸時代、小松川の肝煎り(名主)の家で、南会津において、地域の重要な文化遺産と言える建築物です。 |
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帰り道、橋の向こうに展望広場があります
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古代蓮
橋の下の川に枯れた蓮が、季節を物語っています。
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