n025-1 お神輿と神田明神

東京都(Tokyo-To)
13/05/12 Sun.


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お気に召さないときは止めてください。

♪「金婚式」マリー
ピアノ バージョンです♪
ページ容量 1,267.5KB 予想ダウンロード時間 512kb=23秒 1M=12秒 Photo=22枚







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No.n025-1 神田明神
No.n025-1 Kanda Myoujin

Tokyo-To /Beautiful Japan
Photo:22pieces/GreenSeason
♪=金婚式
◆だいこく様、えびす様、まさかど様
◆太田姫いもあらい稲荷=風邪、咳封じお守り
◇神社
出かけませんか?CandyBox
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お茶の水周辺で、美しいおんな神輿に遭遇しました。







所在地:〒101-0021
東京都千代田区外神田 2-16-2
TEL:03-3254-0753
最寄駅:
JR:中央線・総武線 御茶ノ水駅(聖橋口)より徒歩5分
京浜東北線・山手線 秋葉原駅(電気街口)より徒歩7分
メトロ:東京メトロ丸ノ内線 御茶ノ水駅(聖橋口)より徒歩5分
東京メトロ千代田線 新御茶ノ水駅(聖橋口)より徒歩5分
東京メトロ銀座線 末広町駅 より徒歩5分
東京メトロ日比谷線 秋葉原駅 より徒歩7分
都バス:茶51駒込駅南口←→御茶ノ水線 神田明神徒歩1分
首都高速:首都高速都心環状線 神田橋出入口
首都高速1号上野線 上野出入口
パーキング:数台




マウスをのせたり外したりしてね


御神徳
正式名称=神田神社。   東京の中心ー神田、日本橋、
秋葉原、大手丸の内、旧神田市場、築地魚市場ー、108町会
の総氏神様です。「明神さま」の名で親しまれいます、

御祭神:
一之:宮大己貴命(おおなむちのみこと)・・・・・・・だいこく様
二之宮:少彦名命(すくなひこなのみこと)・・・・・・・えびす様
三之宮:平将門命(たいらのまさかどのみこと)・・まさかど様







おんな神輿は屋根が大きく張り出し
その下が、細くくびれています。








おとこ神輿の屋根と下の割合は、下が太く荘厳な印象です。







?!? お神輿の後から現れた男性。
このいろいろなもの、売っているのでしょうか。
前方は見えますか?







船橋市(千葉県)ナンバーでした。
気をつけて下さいね〜。







空には飛行船が遊覧飛行して、お祭りの様子を
空から見物しています。







御茶ノ水駅の土手の一本の木に結びつけられた
太田姫神社 元宮
旧名は 一口(いもあらい)神社







太田姫神社
太田姫神社は江戸城外濠(神田川)をつくるにあたり伊達家と徳川家が神田山を開削した時江戸城の結界また鬼門の守り神として江戸城内よりこの地に移された。
昭和6年(1931)総武線開通に伴い現在の駿河台下に移る。
なお 鉄道(「甲武線」中央線の前身)は堀の中にあり開通時天皇家との間に 堀幅を減じない 中で商業を営まない環境を守るとの約束がある。(明治期鉄道史より)
この木は椋(むく)の木 落葉高木 花は緑、実は濃紫。

このケースに風邪咳封治お守りが入っていて、
「ご自由にお持ち下さい」と書かれていたので、
頂いて帰りました。







神田川と東京メトロ 丸の内線




宮木町会





神田明神




随神門

総檜の入母屋造







神田明神
天平2年(730)に出雲氏族で大己貴命の子孫・真神田臣(まかんだおみ)により武蔵国豊島郡芝崎村―現在の東京都千代田区大手町・将門塚周辺)に創建されました。
その後、天慶の乱で活躍された平将門公を葬った墳墓(将門塚)周辺で天変地異が頻発し、それが将門公の御神威として人々を恐れさせたため、時宗の遊行僧・真教上人が手厚く御霊をお慰めして、さらに延慶2年(1309)当社に奉祀いたしました。戦国時代になると、太田道灌や北条氏綱といった名立たる武将によって手厚く崇敬されました。
慶長5年(1600)、天下分け目の関ヶ原の戦いが起こると、当社では徳川家康公が合戦に臨む際、戦勝のご祈祷を行ないました。すると、9月15日、神田祭の日に見事に勝利し天下統一を果たされました。これ以降、徳川将軍家より縁起の良い祭礼として絶やすことなく執り行うよう命ぜられました

御神殿と おみこし







御神殿と到着の報告をするお神輿








2011年2月6日に訪問した時のレポートページ








男坂
この坂を明神男坂と言います。明神石坂とも呼ばれます。
「神田文化史」には「天保の初年当時神田の町火消『い』
『よ』『は』『萬』の四組が石坂を明神へ献納した」と男坂の由来が記されています。この坂の脇にあった大銀杏は、安房上総辺(あわのかずさあたり)から江戸へ鵜あってくる漁船の目標になったという話や、坂からの眺めが良いため毎年1月と7月の26日に夜待ち(観月)が行われてことでも有名です。







男坂から見た随神門







おとこ神輿







かわいい こどもみこし



広島焼き





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お気づきのこと等がございましたら
ご一報ください。
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パネル、HPを参考にしました。

湯島聖堂に向かいます。
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今日もお出で頂きありがとうございました。
よろしかったら 次回もお付き合いください!


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