n032-2 代々木八幡宮

東京都(Tokyo-To)
13/06/09 Sun.


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♪「ラグタイムダンス」S.Joplin
ピアノ バージョンです♪
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No.n032-2 代々木八幡宮
No.n032-2 Yoyogi Hachimangu shrine

Tokyo-To /Beautiful Japan
Photo22pieces/GreenSeason
♪=ラグタイムダンス
◆御祭神:応神天皇(おうじんてんのう)
◆金魚祭り
◆大祓い 6月と12月
◆パワースポット、平岩弓枝さん
◇神社
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手水舎


所在地:渋谷区代々木5-1-1
TEL・FAX:03-3466-2012          
御祭神:主座・応神天皇 配座・天照大神 白山姫神
例祭日: 9月22日23日

最寄駅:
小田急線・・・・・「代々木八幡駅」・・・徒歩5分
東京メトロ千代田線・「代々木公園」・代々木上原より出口・5分








大祓
 大祓いとは毎年6月と12月に全国の神社で行われるすべての災厄を取り除き自分や家族の健康を願う神事です。
茅の輪のくぐり方は下をご覧ください。
由緒
鎌倉時代、二代将軍・源頼家の側近であった近藤三郎是茂(これもち)の家来で荒井外記(げき)智明(ともあきら)という方が、頼家公暗殺の後、名も宗祐(そうゆう)と改めてこの代々木野に隠遁し、主君の菩提を弔って暮らしていましたが、時に建暦2年(1212年)8月15日夜、霊夢の中で八幡大神の託宣と宝珠の鏡を感得しました。そこで同年9月23日、元八幡の地に小さな祠を建て、鶴岡八幡宮を勧請したのが創始とされています。







拝殿




茅の輪のくぐり方
最初は左へまわり二度目は右に回り
もう一度左へ回って本殿に御参拝ください。







拝殿






神楽殿





代々木八幡宮 宮神輿の由来
 この宮神輿は、大正12年(1923)8月渋谷区新町町会(現代々木3・4丁目)の有志により、千葉県行徳の神輿師の許で造られ、祭礼のたびごとに賑々しく町内を巡行していたが、人口の減少に伴い永久保存を願って昭和37年(1962)9月、代々木八幡宮の宮神輿として奉納された。
 関東大震災、東京大空襲の二度の大災害を無事くぐり抜けてきたが、傷みがひどくなったため、平成3年(1991)12月、平成御大典並びに御鎮座780年祭を記念して、氏子崇敬者770名の奉賛(2千万円)により、板橋の東京神輿センターで約70年ぶりに全面的な解体修理が行われ、面目を一新して今日に至っている。
平成7年9月吉日   代々木八幡宮 総代会















稲荷社(御祭神:豊受大神)
天神社(御祭神:菅原道真公)
榛名社(御祭神:日本武尊)

祭礼日・・五社宮祭り 5月23日

 稲荷社と天神社については、江戸時代、大和国岩掛城主・山田政秀の第六女、紀州家側室延寿院殿が守護神として祀っていたものが奉祀されたと伝えられている。その後、明治33年、神社合併政策により、山谷301番地(現在の参宮橋駅の西)にあった掘出し稲荷と、新町3番地(現在の文化学園の西)にあった銀杏天神社がそれぞれ合祀された。
 榛名社については、この地域で雨乞い豊作の祈願のために上州の榛名山まで参拝詣するという習慣があったことから、おそらく各村や家に祀られていた榛名社が、やがて氏神様である八幡宮の境内に移されたものと思われる。
 また、本殿の八幡宮の相殿として、やはり明治33年、山谷365番地(現在の代々木公園駐車場あたり)にあった天祖社と、同じく山谷139番地(現在の南新宿駅の北)にあった白山社が合祀された。このため稲荷・天神・榛名社と両社を合わせて祭礼を五社宮祭と称すことになった。




出世稲荷大明神







出世稲荷神社







増築された 社務所







金魚ちょうちん







縁の下から出てきた可愛い子猫



代々木八幡神社の森林
 代々木八幡神社にはシイやカシなど常緑樹の林が見られます。この林は小高い丘の上にあって、まわりがまだ田畑と雑木林に覆われていた時代から、人々の生活を見守り続けてきました。
 もともとこの林はアカガシとスダジイの混じった照葉樹林で、太古の昔には関東平野の沿岸部の台地を広く覆っていたものと考えられていますが、今では林床が刈り払われたり庭木なども植えられ、人手の入った林となっています。
 また、社殿の裏側の方にはイヌシデやコナラ、ミズキなどの落葉樹が林を作り、かつての雑木林の面影をとどめています。
 これらの林の中には約130種もの植物が生育しており、住宅やビルの多い都心にあって、古くから多くの人々の手によって育まれ、守られてきた貴重な自然です。



代々木八幡遺跡




代々木八幡遺跡は、昭和25年(1950)の夏、国学院大学考古学資料室と地元の上原中学校の生徒たちによって発掘調査が行われました。これが、渋谷での本格的な発掘調査の始まりです。さらに同年秋には、旧渋谷区史編纂委員会が発掘調査を行いました。
 計2回の調査では、早期から後期にかけての遺物が出土し、中でも中期の遺物、加曾利E式と呼ばれている土器(約4,500年前頃)がたくさん出土しました。また、縄文人が生活した家の跡[住居跡)も確認され、翌年の昭和26年には、発掘で確認された跡を手掛かりに、縄文人の住居が樋口清之氏<国学院大学名誉教授)により想定復元されました。







想定復元された竪穴式住居







石斧(せきふ)装着例
磨製石斧の使い方の一例です







出土した縄文土器

発掘に参加した上原中学校の生徒たち。







社務所増築に伴う発掘調査
 平成22年(2010)4月、社務所増築工事に先立ち、発掘調査が行われました。調査の結果、土杭」8基とピット9本が確認されたほか、縄文土器も前期から中期のものが多数出土しました。
 4号土杭からは、土器がまとまって出土しています。




古代式住居ができるまで

柱を藤の蔓などで結ぶ
茅をすぐり台付を作る
束にした茅を重ね 竹でおさえる
カンギという道具で叩き 勾配の角度を決める
棟のかたちを決めるエビを作る
屋根は杉皮でおおう
形を整え全体を刈込む



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お気づきのこと等がございましたら
ご一報ください。
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立札/公式サイト を参考にしました。


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今日もお出で頂きありがとうございました。
よろしかったら 次回もお付き合いください!


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