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皇紀2600年記念碑
陸軍大将 松井石根 書によるもです。
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階段を上り詰めると、参道の奥に拝殿が見えました。
社殿脇に「八幡太郎鎧かけの松」といわれる
大きな松があったそうですが、枯れてしまった為
直径161cmの大きな切株は拝殿に保管されています。
所在地:東京都大田区山王2丁目8番1号
電話:03-3777-9295
御祭神:天照大御神、豊受大神
例祭日:9月18日
最寄駅:JR大森駅西口より徒歩・・・2分
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拝殿と石灯籠
神明山 天祖神社
由来
お社は江戸時代神明社といわれ主神は天照大御神を祭神としおおよそ 享保年間(約300年前)に、土地の庄屋、年寄、百姓が相謀り伊勢神宮の参拝を目的に「伊勢講」を作り伊勢皇大神宮に詣で分霊をお受けして祭祀したのを初めとする。
八代将軍徳川吉宗が将軍就任と共に、伊勢の橋爪源太郎が享保2年(1717)幕令を受け「綱差役・・将軍の鷹狩の時に捕えられた鳥に餌付けする役職で彼は鶴の生捕り、飼育に長けていた」として不入斗に居を構え菩提寺は円能寺にある。
新井宿村の伊勢講の成立ち、並びに遂行管理に伊勢出身者の彼が便宜を図ったことが予測されるので、このころには創建された根拠になっている。
伊勢神宮は天照大御神を主祭神とし、天手力男神、万幡豊秋津姫命を相殿に奉る。従い、本神社も三種の神器の一つの八咫鏡(やたのかがみ)を神体としている。
お社は八景坂の西上に当り、境内は48段の石段を上りたる幽邃(ゆうすい)の地にして、延宝5年(1677)江戸幕府の命により円能寺の別当するところになり、明治初年まで同寺の管理下にあった。
明治5年(1872)11月神仏混淆(しんぶつこんこう)の禁令に伴い、円能寺の手を離れ神明社は伊勢を意味していたので、神社ではあるが区内唯一冠称を付け「神明山 天祖神社」と名を改め地元の鎮守として、階段下の神社の大きな標柱にも「鎮守 天祖神社」と刻字され物語っている。
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手水舎
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参道を振り返りました。
鳥居の手前で向き合い、神域を守護する狛犬
正確には角がないので、これは獅子だそうです。
口が開いているものと閉じているもの
阿吽の形は珍しいそうです。
鳥居の先が、階段です。
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おみくじ納め処
このレポートの元となった立札。
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レースのような葉
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拝殿の隣に見える建物が神楽殿でしょうか
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このページを公開直前に、「神明山 天祖神社」は
「八景 天祖神社」とも呼ばれていることが判り、
神明山と天祖神社の間に 八景を追加しました。
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さあ次に向かいましょう。
下を見下ろすとこんなに急な階段です。
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境内末社 伏見稲荷神社
御祭神:宇迦之御魂命
五穀・食物を祀る神
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