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水神社
御祭神:水波能女神(みずはのめのかみ)
例祭日:6月15日
御由緒:天明6年(1787)香取神社13代神職香取正武がその年の洪水を記念し災害防止氏子住民の安泰を祈願し石祠を持って建設した。江戸名所絵図にも見える。
三峯神社
御祭神:國常立命・伊弉諾の尊・イザナミノミコト・日本武尊
例祭日:1月19日
御由緒:享保年間(1716〜1735)の創立。有名な亀戸梅屋敷園主安藤喜右エ門が園内のおまいりしていたのを命じの末当り、香取神社に移した。
熊野神社
御祭神:家津御子大神ほか天神地祗十三社
例祭日:8月10日
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熊野の神の総本社で曾ては「蟻の熊野詣で」の諺通り貴賎老若男女を問わず全国から参拝者が集まり信仰絶大にして盛況を極めた。
当社は梅屋敷隣の北の方に位し、熊野入りと称して亀戸村の水利を司っていた。
大正13年北十間川通りが額称されるに伴い香取神社の境内に移転鎮祭した。
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絵馬
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亀が井の由来
亀戸を代表する香取神社は、1300有余年の歴史を誇り、古くは藤原鎌足公を始め多くの武将や土着の人々の篤い崇敬を受け郷土の守護神として今日に至っております。
この度、亀戸の地名の起こりとされている亀が井戸を再興し、併せて恵比寿様・だいこく様の石像を祀り、この井戸の聖水を掛けながら参拝する人々が御神徳を戴き明るく健康で楽しい生活ができますようにと願い、氏子・崇敬者を初め多くの皆様方のご協賛により建立致しました。 |
平成15年4月吉日 香取神社宮司
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お水掛して一年の無事・健康を祈願しましょう。
自分の痛いところを洗い清め、
御神徳を頂きましょう
大国神は医学の神様です。
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江東区指定有形文化財(絵画)
紙本淡彩道祖神祭図 歌川広重筆 一幅
道祖神祭図は、本紙を掛軸に表装したものです。
本紙は縦33.6cm横40.6cm。表装は縦158cm横47cmです。
香取神社の道祖神祭は、毎年正月14日、氏子の子供たちが宝船をかつぎ、亀戸から両国のあたりまで練り歩いたもので、享保の頃からはじまり、明治初期まで続きました。その光景は『江戸名所図会』の挿絵に載せられ、『東都歳時記』にも記載されています。本図は人物や宝船を墨で描き、朱、青で淡彩を施しています。作者は浮世絵師・歌川広重(1797〜1858)で嘉永5年(1852)以降、広重の円熟期に描かれた作品とみられます。
本図は、江戸時代の香取神社の古い行事様子をよく伝え、作者が著名な広重であること、また戦災を免れて区内に伝えられたことなどから、貴重尾奈作品といえます。 |
平成9年 江東区教育委員会
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手水舎
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手水舎の脇に立つ
亀戸大根(かめいどだいこん)の碑
このあたりで大根作りが始まったのは、記録によると文久年間(1861〜64)の頃とされ、当香取神社周辺が栽培の中心地で、以来、明治時代にかけて盛んに栽培されてきました。
当地は荒川水系に居ってできた肥沃な粘土質土壌であったため、肉質が緻密で白く冴えた肌の大根づ売りに大変適していました。
亀戸大根は、根が30cm程度の短い大根で、先が楔上にとがっているのが特徴。
明治のころは「おかめ大根」とか「お多福大根」といわれましたが、大正初期になって産地の名をつけて「亀戸大根」と呼ばれるようになりました。しかし、宅地化が進んだ大正時代の終わり頃から、産地は江戸川区小岩や葛飾区高砂などに移って行きました。
秋から冬にかけてタネをまいて早春に収穫となる亀戸大根は、当時は他に大根などの全くない時期で、新鮮な野菜いので初めの頃なので根も葉もともに浅漬けにして美味しいことから、江戸っ子から大いに重宝がられました。
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平成9年度JA東京グループ
農業協同組合法施行50周年記念事業
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境内社
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参道
香取神社
所在地:〒136-0071
東京都江東区亀戸3丁目57番地22号
電話:03-3684-2813
参拝時間: 9:00〜17:00
御祭神:経津主神(ふづぬしのかみ)
相殿に武甕槌神(たけみかづちかみ)
・大己貴神(おおなむじかみ)
最寄駅:JR総武線、東武亀戸線
亀戸駅より徒歩10分
先週紹介した亀出神社は香取神社の兼務社です。
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拝殿
香取神社御由来
香取神社は、社伝よれば665年の創建で、藤原鎌足(614〜669)が亀の島に船を寄せ、香取大神を勧請し旅の安全を願ったのが始まりといわれ以来亀戸村の総鎮守として信仰を集めています。
平安時代の中期、関東で起こった平将門の乱(935〜40)を平定した藤原秀郷が、戦勝の返礼として弓矢を奉納した古事にちなみ、毎年5月5日に勝矢祭が行われています。
亀戸七福神の鬱恵比寿・大国神で親しまれています。
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