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No.c275 山﨑記念 中野区立歴史民俗資料館
No.c275 Yamasaki Commemorative, Nakano City
Hisutory & Folklore museum
Tokyo-To /Beautiful Japan
Photo 23 pieces/GreenSeason
♪=アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク / モーツァルト
◆山﨑記念 中野区立歴史民俗資料館
◆中野見どころの樹
◆旧石器~弥生
◆野方配水塔
◆中野サンプラザ、中野ブロードウェイ
◆御囲、犬駕籠
◇歴史民俗資料館
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特別展示室 『中野区史』ができるまで |
インフォメーション
   
所在地=〒165-0022 東京都中野区江古田4-3-4
TEL=03-3319-9221 / FAX=03-3319-9119
開館時間=9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日=月曜日・第3日曜日・年末年始(12/2/~1/4)
入館料=無料
無料駐車場=数台あり |
交通アクセス
◆西武新宿線『沼袋』駅北口より徒歩8分
◆都営地下鉄大江戸線『新江古田』駅より徒歩15分
◆JR『中野』駅北口より練馬駅行き(京王バス中92系統)『江古田二丁目』下車徒歩2分
◆JR『中野』駅北口より江古田駅行き(関東バス中41系統)『江古田二丁目』下車徒歩2分 ※中12系統は停まりません。
◆西武池袋線『練馬』駅北口より中野駅行き(京王バス中92系統『江古田四丁目』下車 徒歩5分 |
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常設展示室 原始~近世
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中野みどころの樹
   
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旧石器~弥生時代
竪穴式住居
   
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竪穴式住居内
生活風景
   
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縄文式土器
   
中野区出土品
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街道とまちなみ
   
青梅街道は、江戸と多摩の村々をつなぐ基幹道路でした。
中野宿は物資輸送の中継所として下宿、中宿、上宿に分けられます。下宿は淀橋あたり、中宿は宝仙寺あたり、上宿は慈眼寺から追分あたりです。
商売も盛んになり様々な店が軒を連ね、きのこや柿などを露店で商い、大工職、畳職、草屋根職、桶職、、篭作り職、農具鍛冶などの職人もかなりの数にのぼりました。
『堀之内妙法寺記』は江戸時代後期の中野宿の様子を克明に描写しています。 |
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戸長役場の道具
明治11-21年(1878-1888)
   
算盤、印箱、戸長印、罫紙板木
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習字の道具箱
   
寺子屋から学校へ
   
江戸時代には私立の塾である寺子屋が教育の場でした。
明治になると学制がしかれ、明治8年(1875)に公立の桃園学校が開校し、以後、区内各所に次々と公立学校がつくられ始めました。 |
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野方配水塔
   
関東大震災後の急激な都市化により、水道が必要となり、多摩川から水を引き荒玉水道がつくられました。この水を各戸に配水するため、野方配水塔が昭和4年(1929)に建てられました。
高さ=33.6m、基部の径=18m、貯水量=約2,000t
昭和40年(1965)にその役割を終えましたが、大都市東京発展の象徴として国登録有形文化財となっています。 |
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民俗展示
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民俗展示
   
足踏み脱穀機
箕
石臼
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復元古民家
   
旧深野邸を解体し、土間周りを原寸大に復元展示しています。
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未来へ歩む中野 近現代 |

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戦時中
   
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戦後の発展
昭和の暮らし
   
| 昭和30年代1955~1964)、テレビ、洗濯機、冷蔵庫といった「三種の神器」と呼ばれる電化製品が普及し、人々の生活は豊かになりました。 |
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東京オリンピック 1964
   
| 昭和39年(1964)に開催された東京オリンピックは、人々に活気と自信を与えました。開催に向けて環状七号線の建設も進められ、青梅街道が聖火リレーのコースの一つに選ばれました。 |
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中野サンプラザ
   
| 旧労働省所管施設として昭和48年(1973)に建てられました。正式名は「全国勤労青少年会館」でした。コンサートホール、プール、レストラン、ボーリング場、ホテルなどが設けられています。特徴的な三角形の外観は中野のシンボルとして広く知られています。 |
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サブカルチャーの街 中野
| 中野にはマンガ、アニメ、ゲーム、フィギュアといった商品を扱う専門店が「中野ブロードウェイ」を中心に展開し、サブカルチャーの中心地として外国人の来訪も多くなっています。 |
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-中野みどころの樹-
犬駕籠(いぬかご)推定復元
   
| 江戸の町には、犬を中野の御囲(おかこい)まで運ぶための駕籠が置かれていました。この駕籠は麹町(現在の千代田区)の古い記録をもとに作った一匹用のものです。 |
※ 御囲とは、
江戸幕府が設置した犬を収容する施設。生類憐みに関する法令が出された5代将軍徳川綱吉政権期に設けられた。「御用屋敷」「御囲(おかこい)」「御犬囲」とも呼ばれ、特に中野に造られた犬小屋は「中野御用御屋敷」とも呼ばれた。犬小屋に収容された犬や、村預けされた犬は、当時の史料・記録に「御犬(おいぬ)」と記されており、野犬か飼犬かを問わず、犬小屋に収容されたことで幕府管理の犬となり、将軍の権威を帯びた「御犬」となった。
徳川綱吉の死後、御囲が廃止になった。
中野の犬小屋の跡地には8代将軍徳川吉宗の時代に、桃の木が植えられ、茶屋なども作られ、桃園の地名として残されている。また、かつて犬小屋があった場所に建てられた中野区役所の前には、複数の犬の像が設置されている。 -Wikipediaより- |
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ホール・ロビー
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ホール・ロビー
   
中野の歴史や史跡などを紹介する映像コーナー
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窓から見えている、山﨑家庭園・建物
春と秋に公開します。
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ポスター
   
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野外展示
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椎の木
中野区指定文化財
   
椎は「区の木」で、この木は樹齢500年といわれ、
区内でも代表的な大木です。
明治維新の時彰義隊の敗残兵たちがこの木の
根元で休息したと伝えられています。
-山﨑家庭園内-
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野外展示
鍋屋庭園の石橋
   
鍋屋横町の名前の由来となった鍋屋の庭園にありました。
鍋屋は、青梅街道と堀の内妙法寺への参詣道との分かれ道
にあり、江戸時代の中ごろから明治の末まで
見事な梅園のある茶店として賑わいました。
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