c296 浪切不動院 長勝寺

千葉県(Chiba-Ken)
2023/06/18 Sun.  


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浪切不動院 長勝寺


仁王門と本堂



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No.c296 浪切不動院 長勝寺
No.c296 Namikiri Fudo-in Chosho-ji Temple

Chiba-Ken /Beautiful Japan
Photo 30 pieces/GreenSeason
◆石塚の森(千葉県指定天然記念物)
◆成東山不動院長勝寺
◆弘法大師(空海)
◆浪切不動院
◆鉱泉旅館「成東館」
◆不動明王と「こんがら」「せいたか」の二童子が安置
◇寺院
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本堂


インフォメーション

所在地=289-1326 千葉県山武市成東2551
TEL=0475-82-2176
宗派=真言宗智山派
山号=成東山
院名=不動院
寺名=長勝寺
開基=行基
中興=弘法大師(空海)
正式名=成東山不動院長勝寺
別称=浪切不動院
文化財=石塚の森(千葉県指定天然記念物)
営業時間=
駐車場=普通車のみ 無料
.     /大型車、大きめの普通車は入れません。
交通アクセス
千葉東金道路『山武成東』ICより県道76号経由で10分
電車 JR総武本線『成東』駅より徒歩8分
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本坊








凝灰質砂岩

この岩石は、沖積世の縄文海進により、この丘が海岸線に面した時、
石灰質の物質の浸透により固結した沖積世の凝灰質砂岩です。







香炉と仁王門








無事 かえる








鉱泉旅館「成東館」の由来

 明治33年(1900)、塚本衛は、当地にラジウム鉱泉を発見、翌34年5月に、町長伊庭弘道と協力して成東鉱泉株式会社を設立、不動院境内の隣接地に、鉱泉旅館「成東館」を開業した。
 明治40年4月、旅館の所有権は村井むつ(後に原田姓)に移譲され妹の鵜沢こうが、女将として経営の衝に当たった。
 昭和5年(1930)頃に廃業、それまでの約30年間、原田貞夫(東宮侍医)・半井桃水(記者・作家)の後援も受けて県下唯一の鉱泉旅館として栄えた。
 尾崎紅葉・徳田秋声・岡本綺堂・床次竹二郎らの文士・名士の湯治客も多く、泉鏡花作の小説「新泉奇談」戯曲「愛火」の舞台になった旅館である。明治の奇人小川定明が下男奉公をしていた宿としても知られている。
             成東館即事     伊藤左千夫
心くく波の遠音の成東なる
     梅咲く宿にまとゐせりけり
くすみ湯の湯殿のみやび梅近く
     月もさしきぬガラス戸にして
浴み出て渡殿に立つ夕月夜
     梅の白きに思い動きつ
明治39年3月8日  埴岡短歌会*




上の写真 石鉢下方中央のおかめさんと

今日のお供 香港スザナです。







弘法大師硯石

















“ぼけにかつ”
ぼけ封じ観世音菩薩

珠に手を添え
祈りを
願いを
心の安らぎを






大木








本堂への参道
階段を上って行きます
凝灰質砂岩

この岩石は、沖積世の縄文海進により、この丘が海岸線に面した時、
石灰質の物質の浸透により固結した沖積世の凝灰質砂岩である。






真言宗智山派
成東山不動院長勝寺 本堂

 本堂は、不動明王並びに「こんがら」「せいたか」の二童子を安置する御堂で、古来より浪切不動尊と通称されています。御本尊は、奈良時代聖武天皇の御宇天平8年、行基菩薩が諸国行脚の際、当地を鎮護の霊場と定め、山上を卜して不動明王を彫刻して安置し、降って平安時代嵯峨天皇の御代に弘法大師空海が此の地に布教し、明王の慈悲、菩薩の弘誓に応えんとして御開山、国運隆昌、民福の増進を大本願として大護摩を秘法としました。その霊徳霊験は、開山以来、実に12百余年その法灯は絶えることなく輝いています。
 現在の本堂は、江戸時代元和4年3月改築、その後元禄、安永、明治、昭和と改修しました。
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本堂からの眺望





本堂から仁王門を見下ろしています。
香炉
参道階段








千葉県指定文化財天然記念物
石塚の森

 標高約30mの小丘上に発達したスダジイ林である。スダジイの平均樹高は7~15m、目通幹囲は1m以上のものも南斜面に密生している。北斜面には、アラカシやアカガシなどのカシ類が多く見られる。
 一方、東斜面にはイロハカエデ、ムクノキ、エノキなどの落葉広葉樹が自生しており、樹種も豊富である。丘の中腹には、懸崖作りの成東山不動院長勝寺本堂(浪切不動堂)があるが、この本堂は、付近ではあまり見られない硬い岩石上に建っている。この岩石は、沖積世の縄文海進により、この丘が海岸線に面した時、石灰質の物質の浸透により固結した沖積世の凝灰質砂岩である。
平成21年2月11日  千葉県教育委員会/山武市教育委員会
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※中央の小さい祠(ほこら)は出世庚申尊が祀られています。







弘法大師修行像








本坊前
良縁・子授

サイズが分かりやすいようにドールと撮りました。






本坊前
小さなお地蔵様

サイズが分かりやすいようにドールと撮りました。






小さな鐘

サイズが分かりやすいようにドールと撮りました。






水子地蔵








本坊前
納札堂








仁王門
不動明王像

水鉢奉納者石碑 他
本坊前





巨大水鉢

本坊前






本坊








本堂と境内

 標高30mの石塚山(石塚の森)の中腹の岩石上に本堂があり、入母屋造瓦葺き、間口三間、奥行四間、欄干・回廊をめぐらした懸崖作り(朱塗り)で、石積みの基壇の上に本堂内陣まで貫通する通し柱2本を含め26本の柱によって支えられている。
 天平3年(731)行基が東国巡錫の折、不動明王の尊像を刻み海難除けを祈願し開基したとされ、その後平安時代の初め弘法大師(空海)が関東教化の折、現在の場所に移し建立して民衆救護のため大護摩を催し民福増進の秘法を行ったとされる。本堂には、不動明王と「こんがら」「せいたか」の二童子が安置され、古来より浪切不動院と呼ばれ海難防止に寄与してきた。現在は海岸が後退したため海上からは見えないが、遭難しそうになった船が常夜灯の灯によって救われたという逸話も残されている。
 明治維新後その役目を終え、文化遺産として現存している。
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手水舎








仁王門








仁王像




本堂

香炉








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立札、Wikipedia等を参考にしました。


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