c345 草加市立歴史民俗資料館と百代橋
埼玉県(Saitama-Ken)
2024/05/05 Sun.
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草加市立歴史民俗資料館と百代橋
草加市立歴史民俗資料館
旧草加小学校西校舎 国登録有形文化財
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No.c345 草加市立歴史民俗資料館と百代橋
No.c345 Soka City Museum of History & Folklore
Saitama-Ken /Beautiful Japan
Photo 29 pieces/GreenSeason
◆埼玉県初の鉄筋コンクリート造りの建物
◆歴史民俗資料館
◆旭神社算額
◆奥の細道行脚之図
◆松尾芭蕉・河合曾良
◆百代橋、望楼、札場河岸
◇国登録有形文化財、旧草加小学校西校舎
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埼玉県で一番古い鉄筋コンクリート造りの建物が、
歴史民俗資料館となって一般開放されていると聞き訪ねました。
草加市立歴史民俗資料館
インフォメーション
所在地=〒340-0014 埼玉県草加市住吉1-11-29
TEL= 048-922-0402 / FAX=048-922-1117
開館時間= 9:00~16:30
休館日=月曜日(祝日または振替休日の場合は翌平日)
. 年末年始
入館料=無料
駐車場=なし
交通アクセス
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歴史民俗資料館は、大正15年(1926)に草加小学校の西校舎として建てられた、埼玉県初の鉄筋コンクリート造りの校舎を活用して居ます。
入り口前に古いタイプの郵便ポストが立っていました
登録有形文化財
草加市立歴史民俗資料館(旧草加小学校西校舎)
かつての草加市は、一部の台地を除けば一面に豊かな水田が広がる稲作地帯でした。
しかし、昭和30年代からの急激な都市化現象は、そこに住む人々の暮らしまで一変させ、営々と築き受け継がれてきた貴重な歴史、民俗等の文化遺産を消失させつつあります。
草加市立歴史民俗資料館は、この失われつつある郷土の文化遺産を収集、保管、展示するため、昭和58年11月1日に開館しました。
この建物は草加小学校西校舎を改築したもので、コンクリート造りの校舎としては埼玉県で一番古いものです。屋根の一部を三角形に立ち上げる意匠などが特徴で、平成20年10月23日、国の登録文化財となりました。
館内には、農具、神楽面、などの民俗資料、古文書、板碑などの歴史資料、土器などの考古資料が保管、展示されています。
ここに集められた文化遺産は、いずれも私たちの祖先が長い歴史の中でつくり、育み、伝え残してくれたものです。これらを大切に保存し、長く後世の人々に伝えることは、今に生きる私たちの責務ではないでしょうか。
近年、急激に進められている地域開発や生活の変化の中で、市民の財産である自然や文化財を愛護する精神を培っていきたいものです。
平成21年3月 草加市教育委員会*
歴史民俗資料館の誕生
昭和40年代後半に入ると、設備の老朽化から、草加小学校の校舎建て替えが議論されるようになり、昭和48年(1973)に鉄筋本校舎、昭和55年(1980)には鉄筋南校舎が相次いで建てられました。
新校舎建設に合わせて、老朽化していた西校舎は改修され、昭和58年(1983)11月1日より、草加市立歴史民俗資料館として新しいスタートを切りました。
平成20年(2008)には、大正時代に建てられた鉄筋コンクリート造校舎の面影を伝える外観が評価され、市内初の国登録文化財(建造物)に登録されており、草加市唯一の文化財保護施設として、多くの文化財を収蔵・公開しています。
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教室を利用した展示室 展示風景をご覧ください。
草加市昔の街道
旭神社算額(複製)
算額とは、江戸時代から昭和時代にかけて、数学者が掲げた絵馬を言います。数学に関する問題が解けるようにと祈願したのが始まりで、問題の答えが導き出されれば、お礼に意味を込め、再び奉納しました。
旭神社に伝わる算額は、寛政11年(1799)に作成されたものであり、埼玉県内で7番目に古い算額になります。また、奉納者は谷塚良慶と谷塚邦祝の二人で、宮城流という珍しい流派の和算家であることかが判明しています。
市内に残る唯一の算額として貴重であることから、昭和54年に市指定文化財に指定されています。
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奥の細道行脚之図(複製)
松尾芭蕉の門人である森川許六が描いた芭蕉と河合曾良の肖像画です。
元禄6年の記名があり、芭蕉生前に描かれていること、芭蕉をよく知る門人の筆であることから、芭蕉の肖像画として最も信頼できるものと言われています。
原本は、天理大学附属天理図書館が所蔵しています。
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綾瀬川の川底から出土した丸木舟
昭和4年(1929)新田村において綾瀬川のしゅんせつ工事を行っていたところ、川底から丸木舟が見つかり、大きな騒ぎになりました。
平成13年(2001)に科学調査を行ったところ、丸木舟は約5,300年前の縄文時代前期にカヤの木を用いて作られたことがわかりました。
埼玉県内で出土した丸木舟は、いずれも縄文時代中期から晩期(約 4,000~3,000年前)にかけてのものであり、早い時期から丸木舟が用いられていたことがうかがえます。
当時の草加地域は海の底だったと考えられており、丸木舟は綾瀬川の上流から流れてきたのではないかと考えられています。
全体のイメージは下の写真の説明を参考にしてください。
発見直後の丸木舟
小路を監督した埼玉県の技官を撮影した写真です。
後方に発見直後の丸木舟が見えます。
高さ 前方64cm 後方45cm
長さ 6m6cm
※ 発見時は、舟底部がしっかり残っていました。
市内遺跡出土遺物
ちょっと昔の草加の暮らし
令和6年5月5日
端午の節句展
端午の節句展
埼玉県初の鉄筋コンクリート造校舎の建設
建設中の草加小学校西校舎
大正14年(1925)3月19日、草加小学校は火災に見舞われ、西校舎が全焼する被害を受けました。
そのため、草加町では、関東大震災後、耐震耐火性が高いと注目されていた鉄筋コンクリート造りの校舎を建てるべく、埼玉県に新校舎建築の許可を求めました。
当初、埼玉県は、木造校舎に比べて2倍以上の建築費用を要する鉄筋校舎の建築に難色を示しましたが、草加町長をはじめとする人々の尽力により、建築許可を受けることができました。
大正15年(1926)3月1日に起工した建設工事は順調に進み、同年9月15日、小学校舎としては埼玉県下初となる鉄筋コンクリート造り2階建 1棟、6教室を備えた近代的校舎が完成しました。
竣工当時は珍しかった鉄筋コンクリート造りの校舎を見ようと、県内外から多くの人々が見学に訪れたそうです。
※ 出来上がった校舎は1枚目の写真です。
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昭和30年頃の草加駅
現在の草加駅東口地区 アコスの模型
草加駅東口地区・アコスが平成4年(1992)に完成しました。
これは、完成予想模型として着工前に市民に紹介されたものです。
※ ほぼ同じようなアコスが出現しました。
草加が生んだハリウッド映画俳優
絵葉書 大川平八郎
百代橋
Colorful マンホールの蓋。
国登録有形文化財
久野家住宅店舗 令和3年10月14日登録
五街道の1つである日光街道の宿場・旧草加宿の北端近くに東面して建つのが久野家の店舗です。江戸時代末の建築とされ、安政2年(1855)の江戸大地震にも大正12年(1923)の関東大震災にも耐えたことが伝えられています。
町屋建築の形式を持つ瓦葺きの建物であり、軒先は、腕木を突き出しその先端で桁を支える「出桁(だしげた)造り」となっています。二階建てのように見えますが、構造上は差掛(さしげた)屋根の下屋(げや)を持つ、背の高い平屋です。当初は梯子などで根太天井(ねだてんじょう)の小屋裏に上がることが出来ました。
正面入り口は、大型の戸を上部に収容する「揚戸(あげど)」の機構によって、全開すれば開放的な土間空間となりました。入口上部に残る金物から、現在でも揚戸の痕跡をしのぶことが出来ます。
草加宿の町屋建築の正面の姿を今に伝える貴重な遺構であり、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として、国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。
令和5年3月 草加市教育委員会
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河合曾良(かわい・そら)像
河合曾良像と、この先の札場河岸公園内の松尾芭蕉翁像とは100m程離れ、建立された年も異なりすが、二つの像は対をなす作品です。
河合曾良・・・・慶安2年(1649)~宝永7年(1710)
信濃上諏訪生まれ、伊勢長島藩士、33歳の頃、江戸に出て神道を学ぶ。35歳の頃、芭蕉との交友始まる。
元禄2年(1689)奥の細道の旅に随伴。曾良旅日記を記す。
その後、諸国巡見使の用人となり、壱岐にて62歳で没。
芭蕉は『おくのほそ道』日光の条中、曾良のことを次のようの書いています。
黒髪山は霞かかりて、雪いまだ白し。
. 剃捨(そりすて)て黒髪山に衣更(ころもかえ) 曾良
曾良は河合氏にして惣五郎と云へり。芭蕉の下葉に軒をならべて、予が薪水(しんすい)の労をたすく。このたび松しま・象潟の眺(ながめ)共にせん事を悦び、且つは羈旅(きりょ)の難をいたはらんと、
旅立つ暁髪を剃りて墨染にさまをかえ、惣五を改めて宗悟とす。
仍(よつ)て黒髪山の句有(あり)。「衣更」の二字、力ありてきこゆ。
※ 岩波文庫 「芭蕉 おくのほそ道」日光の条から
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百代橋(ひゃくたいばし)
平成6年(1994)5月に完成した矢立橋と対をなす橋で、草加の、シンボルの一つ。和風の太鼓形歩道橋で長さ63.5m、幅3.5m。昭和61年(1986)11月1日に完成した。橋名は一般公募により付けられ、松尾芭蕉の「おくのほそ道」の冒頭の句から採られました。草加市内に設置されている下水道マンホールには百代橋がデザインされているものがある。
-Wikipediaより-
遠く川の上に外環自動車が見えました。
松尾芭蕉文学碑
ことし 元禄二とせにや
奥羽長途の行脚 只かりそめに思ひたちて 呉天に白髪の恨みを重ぬといへ共 耳にふれていまだめに見ぬさかひ 若生て帰らばと 定めなき頼の末をかけ 其日 漸早加と云宿にたどり着にけり 痩骨の肩にかかれる物先くるしむ
只身すがらにと出立侍るを
帋子一衣は夜の防ぎ ゆかた 雨具 墨 筆のたぐひ あるはさりがたき餞などしたるは さすがに打捨がたくて 路次の煩となれるこそさりなけれ
西村本 「おくのほそ道」より
百代橋 渡ります
草加松原
草加松原は、日光道中「綾瀬川沿い約1.5kmの松並木です。江戸時代より「草加松原」「千本松原」と呼ばれ、うっそうとした松並木が緑のトンネルを形成し、日光の杉並木と肩を並べる名所になっていました。
昭和40年代には、自動車通行量の増加による排気ガスの影響で、成木は60数本にまで減少しました。昭和46年(1971)、草加市は「松の枯死の原因究明と対策」を検討し松原再生に着手しました。松並木保存会による保護・補植、県道足立・越谷線の西側移設などにより、現在約600本まで回復しています。昭和61年(1986)、草加松原は「日本の道100選」に選ばれています。
街道と松並木
徳川家康は、幕府開府に先立って五街道をはじめとする全国の街道の整備を命じています。日本橋を起点とした街道沿いには、箱根や日光のように、杉や松が多く植えられ並木として壮大な景観を今に伝えている場所があります。幕府が街道に並木を設けたのは、常緑の並木が夏は強い日差しを遮り、冬は防風にと参勤交代などで道行く旅人たちを守ること、街道の風致を求めたことにあったといわれています。
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百代橋と矢立橋、二つの橋を渡りました。
お供はロザンナです。
松尾芭蕉像
元禄2年(1689)3月27日、46歳の松尾芭蕉は、門人の曾良を伴い、奥州に向けて江戸深川を旅立ちました。深川から千住宿まで舟で行き、そこで見送りの人々に別れを告げて歩み始めたのでした。この旅は、草加から、日光、白河の関から松島、平泉、象潟、出雲崎、金沢、敦賀と、東北・北陸の名所旧跡を巡り、美濃国大垣に至る600里(2,400km)、150日間の壮大なものでした。この旅を叙したものが、日本三大古典に数えられる『おくのほそ道』です。
この松尾芭蕉像は、『おくのほそ道』旅立ち300年を記念して制作されたブロンズ像です。像の製作者は、彫刻家・麦倉忠彦氏。像は友人や門弟たちの残る江戸への名残を惜しむかのように、見返りの旅姿をしています。
松尾芭蕉・・・・正保元年~元禄7年(1644~1694)
江戸前期の俳人。伊賀上野の城東、赤坂で生まれた。父は松尾与左衛門。幼名は金作。のち藤七郎、忠右衛門、甚七郎と称した。俳名は宗房(そうぼう)、桃青(とうせい)を経て、芭蕉を名乗る。
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望楼
望楼とは、遠くを見渡すための櫓(やぐら)のことを言います。常に見張りを置いてまちなかの火事発生の発見に努めるための施設でした。
この望楼は、石垣の上に埼玉県産のスギ、ヒノキを使った木造の五角形の建築物で、高さは11.1mあり、内部は螺旋階段になっています。
札場河岸(ふだばがし)
河岸とは川を利用した舟運に使われていた船から荷駄を積み卸しする場所のことを言います。札場河岸はもともと甚左衛門河岸といい、野口甚左衛門家が特定なものに請け負わせて運営にあたる私河岸でした。
綾瀬川は、江戸時代の中期から、草加地域と江戸を結ぶ大切な運河として多くの船が行き交い、草加、越谷、春日部など流域各所に河岸が設置され、穀物等の集散地として町が発展しました。舟運は明治、大正に至るまで発展を続けましたが、鉄道の開通など陸上交通が急速に発展したことで衰退し、昭和30年代には姿を消しました。
札場河岸のそばにある甚左衛門堰は、洪水時に綾瀬川から伝右川に逆流する水が田畑を侵すのを防ぐために堰で、かつては木造の堰でしたが、明治27年(1895)に煉瓦造りに改築されました。甚左衛門堰は建設当時の姿をよく残し、保存状況が極めて良いなどの理由から平成11年(1998)に埼玉県の指定文化財となりました。
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お気づきのこと等がございましたら
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草加市立歴史民俗資料館・冊子、説明パネル、Wikipediaを参考にしました。
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