
「梅屋敷」の名に惹かれてやってきました。意外と小ぶりの公園でした。
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No.c393 蒲田梅屋敷公園と薭田神社
No.c393 Umeyashiki Park & HIETA Shrine
Tokyo-To /Beautiful Japan
Photo 35 pieces/GreenSeason
◆聖蹟 蒲田梅屋敷公園
◆白加賀、紅千鳥、くろだ
◆小梅。大盃、鹿児島紅
◆豊後、寒紅梅、冬至
◆梅路・梅志の句碑
◆狂歌堂復元歌碑
◆薭田神社
◇梅、公園、聖蹟公園、神社
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※ 「聖蹟」について
天皇が行幸の途上で休息や宿泊した場所が後に「聖蹟」と呼ばれ、そこで使用した器具類(御器)と共に保護・保存の対象とされることがあった。また天皇がみずから植樹した樹木(おもに常緑樹)は、「御幸松」と呼ばれる。 |
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梅はまだ満開には程遠い状態でした。
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インフォメーション
   
所在地=〒144-0052 東京都大田区蒲田 3-25-6
料金=無料
駐車場=無し |
交通アクセス
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頭上を京浜急行が通ります。
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しらかが (白加賀)
   
| 和歌山に次いで梅の収穫量が多い群馬県を中心に、主に東日本で多く栽培されており、大粒で果実の形が美しく、果肉も緻密なので、梅干しにも梅酒にも合う使い勝手の良い品種です。 |
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とうじ(冬至)
   
| 野梅性の早咲き品種で白花の花梅の代表格です。花は白の中輪花で一重咲きです。冬至の頃に咲くのが名前の由来です。 |
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べにちどり (紅千鳥)
   
| 緋梅系・紅梅性の遅咲き品種です。花は明るい緋赤色で中輪の一重咲きです。花つきがよく丈夫で庭木に向きます。 |
-ハーバルツリーショップなえや-
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こうめ (小梅)
   
明治天皇と梅屋敷
梅屋敷は、明治元年(1868)から明治30年(1897)の間に天皇の5度の行幸がありました。
天皇はことのほか梅屋敷の風致を好まれ、明治6年(1873)3月6日のご観梅のときには小梅一株をみずからお手植えなされ、この梅は仙粧梅と称されて後に人々に愛されたといわれています。その後梅屋敷は昭和8年(1933)に史蹟として保存指定を受け、昭和13年(1938)には東京市へ寄付されました。さらに昭和28年(1953)に大田区に譲与され、現在に至っています。 |
| 大田区 |
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梅の基本情報
ウメは、中国原産で古くから日本に渡来した落葉高木です。
花、香り、枝ぶり、など観賞価値が高い花を咲かせる「花梅(はなうめ)」と、梅干し、梅酒、鳥梅(うばい)等、実を食品に加工する「実梅(みうめ)」に分けられます。 |
-ハーバルツリーショップなえや-
こうめ (小梅)
   
| 果実を収穫するために栽培される実梅(みうめ)の品種の1つです。一重遅咲き |
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とうじ (冬至)
   
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これも とうじ です。
   
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おおさかづき (大盃)
   
| 緋梅系・紅梅性の早咲き品種です。花は桃色の中大輪の一重咲きです。樹勢は強健で、庭木はもちろん、鉢植えや盆栽にも向きます。 |
-ハーバルツリーショップなえや-
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ぶんご (豊後)
   
梅とあんずの交雑種です。原産地は大分ですが、耐寒性が強いため、東北地方などの寒冷地で多く栽培されています。果実は大粒で果肉が厚く、種が小さく果肉の割合が多いです。酸味が少なく梅干しの他梅ジャムなどに利用されます。花は淡紅色で一重または八重咲になり、花梅としても楽しめます。
自家不結実性の為、受粉が必要です。 |
-ハーバルツリーショップなえや-
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かんこうばい (寒紅梅)
   
| 花梅で実の収穫はできませんが、花粉の時期が合えば、実梅の受粉樹としても使えます。 |
-特等大苗専門店 すだ農園--
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とうじ (冬至)
   
梅屋敷の由来
| 梅屋敷は、山本忠左衛門が和中散(道中の常備薬)売薬所を開いた敷地3千坪に、その子久三郎が文政の頃(1818~1829)に、梅の木百本をはじめとしてカキツバタなどの花々を植え、東海道の休み茶屋を開いたことに始まるといわれています。当時は、後の12代将軍徳川家慶が鷹狩りの休み所としたほどの立派な屋敷地で、その雅趣ある風情は、東海道を旅する人々の目を惹きつけ、文人にも愛でられ、開花期には観梅を目的とした行楽客で非常なにぎわいを見せたといわれています。 |
| 大田区 |
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梅屋敷公園の背後には、近年高架となった京浜急行線が通っています。
   
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くろだ (黒田)
   
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土俵
   
| 蒲田梅屋敷公園内にある相撲場は、子供たちが練習で使うなど地域の人々に親しまれてきました。更なる愛着を持ってもらおうとの思いを込め、2017年4月に作り直されました。 |
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東郷平八郎 書による 忠魂碑
   
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狂歌堂新顔の歌碑(復元)
   
昔、梅屋敷の園内には数多くの碑石がありましたが、所有者が移った時や戦後の混乱期に姿を消してしまいました。この歌碑はそれらの一つを資料をもとに復元したものです。
文面は |
旅人の神に手向けの幣代や
白絹咲きし庭中の梅
狂歌堂真顔 |
| であったと伝えられています。 |
| 大田区 |
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かごしまべに (鹿児島紅)
   
紅梅性のやや遅咲きの品種で、紅梅の代表格です。
花は濃い紅色の中輪花で八重咲です。細い枝の随や葉柄も濃紅色で艶やかな品種です。庭木、鉢植えはもちろん、盆栽にも向きます。 |
-ハーバルツリーショップなえや-
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梅路、梅志の句碑
   
| この句碑は弘化3年(1846)山本久蔵が梅路と号し、建立したものといわれています。 |
| しら梅の 梢や月の高みくら . 75歳 梅路 |
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| 松竹は表にうらハ梅の春 65歳 梅志 |
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| 弘化三のとしきく月 梅家女誌 |
| また梅路、梅志の墓は蒲田の妙典寺にあり、その墓石にも句碑が刻されています。 |
| 大田区 |
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しだれうめ (枝垂れ梅)
   
| 緑萼枝垂れ梅、花は中輪白花で美しい花梅です。野梅系青軸性(あおじくしょう)といわれ、野梅(のうめ)から変化した原種に近い花梅といわれています。 |
-日本花卉ガーデンセンター-
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スイセンと梅を背景に
   
お供は ジョージーナです。
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明治天皇行幸所蒲田梅屋敷
   
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薭田(ひえた)神社
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大田区文化財 薭田(ひえた)神社の石鳥居
   
花崗岩製、明神型鳥居。高さ=310cm、 柱間=314cm。
笠木は、全体にゆるやかな反りをもって、柱とのつりあいもよく、安定した姿を見せる。
柱背面の銘文から、寛政12年(1800)、北蒲田村の氏子により寄進されたことがわかる。区内の鳥居では古いものの1つであり、貴重である。
また一方の銘文には「蒲田井郷薭田神社」と刻まれる。蒲田井は「ほたい」と読むといい、薭田神社は蒲田神社と呼ばれたと伝えられる。蒲の古字といわれる薭の字が当てられたことから、「ひえた」の発音に変化したと考えられる。
昭和49年2月2日指定 |
| 大田区教育委員会 |
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薭田神社
   
式内社と呼ばれる古い格式をもつ神社である。平安時代(十世紀)に編纂された『延喜(えんぎ)式』の神明帳に記載され、また『三代実録』に貞観6年(864)「武蔵国従五位下蒲田神を以て並びに官社に列す」とあるのが、この神社であろうといわれる。
社伝によれば、和銅2年(709)僧行基が天照、八幡、春日の三神体を刻んで安置し、鎌倉時代(13世紀後半)に日蓮が村民の願いをいれて開眼したと伝えられる。江戸時代には隣接の栄林寺が別当であったが、明治初年の神仏分離により独立し、旧社格は郷社に定められた。
昭和49年2月2日指定 |
| 大田区教育委員会 |
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手水舎
   
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山の神社合祀碑
   
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天祖神社
   
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三十番神社
   
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白梅と狛犬
   
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拝殿 神殿うらの梅
   
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白梅の木に咲く白いメッシュの入ったピンク色の梅の花
   
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紅梅
   
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白梅
   
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生命の言葉 令和7年2月
   
岩かげに したたり落つる
山の水 大河となりて
野を流れゆく |
平成天皇が宮内庁平成29年歌会始で詠まれた句です。
お題「野」
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