
中央自動車道 車中から
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No.c412 八ヶ岳美術館ほか
No.c412 Yatsugatake Art Museum & others
Nagano-Ken /Beautiful Japan
Photo 31 pieces/GreenSeason
◆中央自動車道『双葉SA』
◆韮崎IC付近
◆涙の森、武田勝頼
◆富士山
◆更科姫館天満宮
◆八ヶ岳美術館
◇富士山、美術館
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ページラスト |
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車中より
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双葉SA インフォメーション
   
所在地=山梨県甲斐市
営業時間=Free
無料駐車場=あり
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交通アクセス
| 電車 |
『竜王』駅出口2より徒歩28分 |
| 車 |
中央自動車道下り『双葉SA』 |
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NEXCO中日本 双葉SA
   
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ありました~!富士山
   
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韮崎ICで中央自動車道を出ました。
日没
   
西に見える山に、日が沈みました。
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日没
   
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涙の森
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涙の森〔韮崎市上ノ山〕
   
武田勝頼は織田軍の追撃に耐えがたく、天正
10年(1582)3月3日、自ら城(新府城:韮崎市中
田町)に火を放ち、家臣小山田信茂の待つ郡内
の岩殿城(大月市)を目指して落ち延びて行くと
き、ここで赤々と火の手の上がる新府城を眺め、
戦国の世の厳しさに胸を打たれ、涙にむせんだ。
勝頼夫人は「うつつには おもほえがたきこのと
ころ 仇に さめぬる春の夜の夢」と一首を詠
じ、名残を惜しんだ。
現在地には、韮崎市婦人会の建立による、
歌碑がある。 |
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勝頼夫人の歌
   
うつつには おもほえがたき このところ
仇に さめぬる 春の夜の夢
涙の森 インフォメーション
   
所在地=韮崎市上ノ山3657-1
営業時間=Free
料金=無料
無料駐車場=あり |
交通アクセス
| 電車 |
JR中央線 『韮崎』駅 |
| 車 |
中央自動車道 韮崎IC |
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ジャーマンアイリス
   
武田勝頼
武田信玄の四男として天文15年(1546)に誕生。母は、
かつて武田家と同盟関係にあった信濃国諏訪領主・諏訪
頼重の娘・諏訪御料人(実名不詳、乾福院殿)。 |
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涙の森 石仏群
   
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花菖蒲
   
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ここからは近くの「更科姫館跡」と天満宮です。
天満宮
   
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更科姫を偲んで
   
北信濃の領主村上義清の家老落岩寺馬介の一人
娘、1519年に信濃国更科村に生まれた。文武両道に
優れ信州一の女性剣士とし、また教養を高め美貌と
共に日本の女性三傑の一人として高く評価された。
相木采女介依田幸雄と結ばれ、夫は武田信玄の家
老馬場美濃守の身代わりとなって名を相木美濃守信
房と改め、遠州諏訪原城主となり15年間の安泰を守
り抜いた。その間一人息子幸盛(後の山中鹿之助)を
養育する。京を目指す15歳の幸盛と別れ、武田勝頼
の命により高天神城を落とした夫信房と共に城代とし
て8年間城を守ったが、家康の猛攻に憤死した夫の意
思を受け家臣たちを助けるため必死の苦境を乗り越
え、富士川より甲斐に連れ帰り、道々家臣の安住を求
めつつこの地に居を構え天満宮をまつり、夫、息子、
家臣の回向をしながら生涯を閉じる。明治8年から昭
和12年まで上ノ山と岩下を更科村と称した。 |
-石碑記載文章-
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更科姫 天満宮 石造物群
   
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ヒルザキツキミソウ
   
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八ヶ岳のシルエット
   
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5月5日 八ヶ岳美術館を目指します
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雪をいただいた山々
   
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花菖蒲
   
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白い山藤
   
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高原に広がる野菜畑の、のどかな風景
   
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八ヶ岳美術館(原村歴史民俗資料館)
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八ヶ岳美術館 インフォメーション
   
所在地=〒391-0115 長野県諏訪郡原村17217-1611
TEL= 0266-74-2701
営業時間= 9:00~17:00 (最終入館 16:30)
休業日=展示替え期間、年末年始
入館料=大人(高校生以上):510円・小人(小中学生):250円
無料駐車場=あり |
交通アクセス
中央自動車道
『諏訪』IC~7km
『小渕沢』IC~県道11号約4km→県道484号約11km |
電車バス(茅野駅/富士見駅から)
※ バスの運行は季節・曜日により変動します。
詳しくはお問い合わせください。 |
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八ヶ岳美術館
   
八ヶ岳美術館は標高 1,350m雄大な八ヶ岳山麓の自
然に抱かれた高原の美術館です。原村出身の芸術
家・清水多嘉示による彫刻と絵画の寄贈を受けて、
1980年に全国的にも珍しい村立美術館として開館し
ました。 |
八ヶ岳美術館の建物は、建築家・村野藤吾(1891-
1984文化勲章受章者)の設計によるものです。連続
ドーム型の斬新な形は、曲面に彫刻を、平面には絵
画を配して鑑賞する特別な空間として設計されました。
天井にはレースのカーテンが絞り吊りされ、落ち着い
た柔らかな明かりに包まれて作品をゆったりとご覧い
ただけます。村野藤吾最晩年の傑作であるこの空間
自体も作品としてお楽しみください。 |
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美術館前の林
   
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美術館内 休憩所
   
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受付と入り口靴棚
   
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この美術館建物のミニチュア
設計は建築家 村野藤吾 です。
   
村野藤吾(むらの とうご)1891(M24)年-1984(S59)年
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1891年佐賀県生まれ。1984年兵庫県で逝去(93歳)
大阪の渡邊節建築事務所を経て、1929(S 4)年大阪に
村野建築事務所 (後に村野、森建築事務所)を設立。
1967(S42)年に文化勲章を受賞。その他、バチカン政府
より大聖グレゴリウス騎士賞、日本芸術院賞、日本建築学
会賞、毎日芸術賞、BCS(建築業協会)賞などを多数受賞。
現目黒区総合庁舎(旧千代田生命保険相互会社本社ビル
)は、1969(S44)年に第10回BCS賞を受賞。
東京都内の作品、迎賓館 (旧赤坂離宮改修:国宝)、日本
橋高島屋改修 (重要文化財)、読売会館/そごう東京店
(現ビックカメラ有楽町店)、日本生命日比谷ビル・日生劇
場、帝国ホテル茶室東光庵、日本ルーテル神学大学 (現ル
ーテル学院大学)、新高輪プリンスホテル(現グランドプリン
スホテル新高輪)等。 |
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禁止場所の撮影と、接写をしなければ撮影ができます。
ウインドウの中は 建設予定地を視察する村野藤吾と
関係者の写真と説明。天井レースのクリーニング工事の
様子などが紹介されています。 |
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特徴のある天井
八ヶ岳美術館
   
原村出身の芸術家・清水多嘉示の彫刻と絵画、書家・
津金隺仙の書、村内遺跡出土の縄文土器や石器が常
設展示され、様々な企画展も開催されています。
この時の企画展は、 昭和初期の東京アトリエ村を彩った画家たち
鈴木金平と清水多嘉示 4/5~6/29 でした。 |
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清水多嘉示ほかの絵画
   
清水多嘉示(しみず たかし)1879-1981
原村出身。絵画を学ぶためにフランスに渡るが、
ブールデルの≪アルヴェアル将軍の記念碑≫を見
て感銘を受け、以後は絵画と共に彫刻も志す。帰国
後は主に日展で活躍し、日本の彫刻界をリードした。
日本芸術院会員、文化功労者。 |
ブールデルの高弟、清水多嘉示の彫刻は、造形とし
ての確かな構築性と人体の持つみずみずしい生命
の躍動感とを兼ね備えた優美な作品で知られていま
す。当館では彼の生涯にわたる彫刻作品を、絵画作
品と併せてご覧いただけます。 |
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書家・津金隺仙の書、
村内遺跡出土の石器
   
津金隺仙(つがね かくせん)1900-1960
本名・哲。原村八ッ手に生まれ、幼少時より独学で書
に打ち込む。書塾「凌雲書院」を開き精力的に創作活
動を展開し、闊達な作風で日本書壇を魅了した。自詠
詩も多く残した詩人でもある。 |
原村出身の書家、津金隺仙は、、その独特の筆跡と
迫力を秘めた書風で多くの人々に愛されています。当
館ではコレクションの中から5点前後を常時展示してお
り、散策路には津金隺仙の自詠詩碑が建立されていま
す。
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屋外彫刻 「みどりのリズム」
   
お供はスザナです。
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お気づきのこと等がございましたら
ご一報ください。→: こちら!
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