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No.n256 寅さん記念館と山田洋次ミュージアム
No.n256 Mr.Tora memorial hall
Tokyo-To /Beautiful Japan
Photo37pieces/GreenSeason
♪=悲愴/ベートーヴェン
◆寅さん記念館
◆山田洋次ミュージアム
◆撮影スタジオ「くるまや」
◆タコ社長の「朝日印刷所」
◆葛飾 柴又鉄道 『故郷駅』
◆帝釈人車鉄道への旅、柴又駅
◇記念館、ミュージアム
出かけませんか?CandyBox
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山田監督をはじめ、撮影、照明、録音、メイクなど
映画製作の現場スタッフを紹介。
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インフォメーション
   
住所=〒125-0052 東京都葛飾区柴又6年丁目22-19
電話=03-3657-3455 FAX=03-3657-3418
営業日=年中無休
利用時間=
. 4月~9月9:00~17:30 土日祝=7:30~18:30
. 10月~3月9:00~17:30 土日祝=7:30~17:30 |
*交通アクセス
◇ 京成線「柴又駅」下車。徒歩8分。
◇ 北総公団線「新柴又駅」下車徒歩12分。
◇ JR小岩駅より京成バス(金町行)に乗り15分程、
. 「柴又帝釈天」下車。徒歩14分
◇ JR金町駅より京成バス(小岩行)に乗り5分程、
. 「柴又帝釈天」下車。徒歩4分 |
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寅さん記念館 公式サイト
   
寅さん記念館は、3年に一度 リニューアルをしているそうで、
2019年4月にも工事が行われたそうです。
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フーテンの寅さん お好きですか?
私はテレビで数回しか観たことはありませんが、
訪問した翌日、BS放送の「男はつらいよ」に
チャンネルが合い、途中からでしたが楽しく観ました。
『寅さん記念館』で見て来たお店の中や、
印刷工場のセットそのままで、
自分がその中にいるような、
不思議な気持ちになりました。
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撮影スタジオ「くるまや」
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くるま菓子舗
   
撮影に使用した「くるまや」のセットを
大船撮影所から移設したそうです。
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草団子
   
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左の写真の、鴨居に下がった説明を読むと、
第1作より最終48作まで撮影に使用したセットで、『大船撮影所の
第9ステージに半月位で建て込み小道具を飾り、45日程度の
撮影を終了後、解体して倉庫に保存』を28年間続けたそうです。
多少傷んだところは補修して、柱や建具などは同じものを
繰り返し使用。これらは「くるまや」の歴史と存在感を発揮して、
役割を終え、大船撮影所の閉鎖とともに、この記念館に 永久保存されることになった。ということです。^^*
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タコ社長の『朝日印刷所』
   
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    朝日印刷所を再現。
本物の活版印刷機も展示
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葛飾 柴又鉄道 『故郷駅』
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出札口 室内
   
思い出に残る なつかしの駅舎
駅員が切符を切っていた時代の駅舎を再現。
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出札口
   
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改札口
   
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帝釈人車鉄道への旅
   
「帝釈人車鉄道」の客車を再現。
客車に乗って記念写真を撮ることができます。
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資料展示コーナー
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寅さんの衣装
   
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★寅さん星になる!
   
2009年8月6日発行の小惑星センター(米:ケンブリッジ市)
「小惑星回報」によって、『Torasan』という小惑星が誕生
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「小惑星登録番号18996番“寅さん”」は、2000年9月4日に
札幌市在住の渡辺和郎さんが発見しました。
大きさは15kmくらいで、太陽の周囲を5.72年かけ、回っています。
発見者である渡辺さんは、高校生時代から『男はつらいよ』シリーズの熱心な寅さんファンで、2009年4月に念願かなって柴又帝釈天を訪れ、柴又駅前の『寅さん像』の前に立ち
その名を永久に残すため、星に命名することを思い立ちました。
そもそも、俳優・芸能人の名が星に付くのは極めて珍しく
ジュネーブの『国際天文学連合』銘々委員会の許可が下りる
かが心配でしたが、無事承認されk安堵しました。
是非この銘々を広く知ってもらい、“『寅さんが星になって
永遠に輝いていることを皆さんにお知らせします。 |
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寅さんの全財産
   
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江戸川の土手を散歩してから、
山田洋次ミュージアムによりました。
   
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記念館には1/16サイズで作られた
ジオラマもありました。
別便で1ページ作ります。
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山田洋次ミュージアム
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山田洋次
   
寅さん記念館の名誉会長
日本を代表するフィルムメーカー
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僕の映画が、観客にとって
「身につまされるような」物語であり
「他人事ではないような」ドラマでありたい。
いつもそんな思いで制作してきた。
このミュージアムも、その願いが込められた
世界であってほしい。
山田洋次
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フィルムよ、さようなら
   
映画は110年前の誕生以来
フィルムの芸術と言われてきた。
しかし近年、フィルムからデジタルへと
映画産業は一大転換期を迎え
映画館もデジタル上映に様変わりし、
フィルムでの映画作りも年々減少している。
僕はこれからもフイルムで撮影するが、
映画館での上映はデジタルになる。
ぼくが監督デビューした50年前、
将来フィルムに別れを告げる日が
来るなんて夢にも思わないことだった。
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    ぼくの作品は、必ずとっていいほど
社会からはみ出してしまった人間が主人公で
一流大学を出たエリートの技術者とか、
威力者、実力者とかいう人が
主人公になったことは一度もありません。
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新たな映画作り
   
『小さいおうち』、『母と暮らせば』
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技術革新とフィルム映画の傑作
   
1930年代以来、映画はサイレントからトーキー
白黒からカラー、スタンダードからワイドスクリーン
CGそして3Dと技術革新と共にその映画表現は
豊かになってきた。しかし世界で最も優れた作品は
1940~60年代に生まれ、名作の半数近くが白黒
作品である。技術革新が必ずしも映画芸術の
レベル向上と比較していない事に想いを
いたすべきであろう。
日本映画の最高傑作といわれる、
小津安二郎監督『東京物語」(1953)
溝口健司監督「雨月物語」(1953)、
黒澤明監督「羅生門」(1950)等々---
そのすべてが白黒スタンタード作品である。
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ムヴィオラ
   
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トロフィー
   
昭和ねン傑作の本映画10作品賞
しあわせの黄色いハンカチ
第1回京都太秦映画実行委員
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記念すべきデビュー作
   
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