c377 武蔵野の小京都 嵐山渓谷

埼玉県(Saitama-Ken)
2024/11/24 Sun.  


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武蔵野の小京都 

嵐山(らんざん)渓谷






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No.c377 武蔵野の小京都 嵐山渓谷
No.c377 Little Kyoto Ranzan Valley in Musashino

Saitama-Ken /Beautiful Japan
Photo 38 pieces/GreenSeason
◆本多静六博士
◆武蔵嵐山
◆嵐山町名発祥の地碑
◆飛び石
◆冠水橋
◆松月楼 跡地に建つ展望台
◇紅葉狩り、観光地
出かけませんか?CandyBox
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インフォメーション

所在地=〒  埼玉県比企郡嵐山町鎌形
電話= 0493-62-0720(嵐山町役場 企業支援課商工 観光担当
営業時間=平日:24時間 (2024年12月現在)
料金=無料
駐車場有= 500円/日
交通アクセス 最寄駅
武蔵嵐山駅西口からイーグルバス(と02)約10分乗車、「休養地入口」バス停下車、徒歩15分
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無料休憩所 蔵カフェ梟


嵐山渓谷へようこそ 1

 埼玉県を代表する景勝地のひとつ『武蔵嵐山渓谷(むさしらんざんけいこく)』は、岩畳と槻川の清流と周囲の木々が織り成す地です。槻川は、外秩父山地の堂平山中にある自然林に源を発し、東秩父の山間を抜け、小川町を経て嵐山町の遠山地区に流れ込みます。ここで岩場によって流路を狭められ、都幾川と合流する二瀬の手前までが渓谷となっています。また大平山から延びた細原と呼ばれる部分では、流路が大きく180度転じて半島状の独特は地形をつくりだしています。
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無料休憩所 蔵カフェ梟







地名の由来

  「武蔵嵐山」は、昭和3年に当地を訪れた日本初の林学博士である、本多静六博士により名付けられたものです。本多博士は現在の嵐山渓谷やその周辺部を踏査して、渓谷と周囲の見事な紅葉・赤松林の美しい景観を眺め、その様子が京都の「嵐山(あらしやま)」に大変良く似ているということで、「これは武蔵嵐山だ」とつぶやきました。この地名は後に当町の町名にも採用され「嵐山町(らんざんまち)」となりました。渓谷の半島部分にはそのことを記念する「嵐山町名発祥之地」の碑が建立されています。河川上流から飛び石を渡り、本多博士が感嘆した箇所がご覧になれます。      嵐山町・嵐山町観光協会
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渓谷に沿って、紅葉の見られるところを散策します。
・・・・・今年はまだ少し早いようです。







飛び石








嵐山渓谷へようこそ 2

 本多静六博士は、日本最初の林学博士として日本の造林学・造園学の基礎を築くとともに、東京の日比谷公園、明治神宮の森、大宮公園など、日本を代表する公園の設計に携わった埼玉県の偉人です。昭和5年の朝日新聞に「東にも嵐山あり東京を離れて僅か1時間半の景勝」という記事が掲載されました。本多博士は、その中で、「山といわず、けい谷といわず、べた一面に紅葉に彩られた秋だった。百余年を経た亭々たる松林、幾十尺の岩頭にはい上がる真紅のつた、白砂を洗ふ清い水、岩間に雪を吹く激流、実に京の嵐山の景そのままだったので、思わず『これは武蔵嵐山だ!』といったのが、そのまま、この地名となったもので、関東平野にまれにみる景勝地たることは疑いありません」と折紙をつけています。
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渓谷自然 地質

 渓谷を形作っている地形の大部分は、結晶片岩という、薄くはがれやすい岩石でできています。そのうち最も多くみられる緑泥石片岩(りょくでいせきへんがん)は、地元では青石(あおいし)とも呼ばれるやや緑色がかった岩石で、板状に剥離して平らな形状となりやすいことから石碑や墓石などに多く利用されています。嵐山町周辺において多数確認されている中世期の板石塔婆も、ほとんどがこの緑泥石片岩を加工して作られたものです。武蔵嵐山渓谷の上流にあたる小川町の下里地区では昔から良質の緑泥石片岩が得られることで知られ、下里石(しもざといし)の名前で親しまれています。
 また、紅れん石片岩(こうれんせきへんがん)という赤みがかった岩石も、場所によっては地表部に出ている個所があります。この岩石は埼玉県の長瀞より最初に発見されたもので、地質学において埼玉県を世界的に有名にしました。
 渓流の岩畳には、所々岩の表面に丸い穴が開いているのを目にします。これは甌穴(おうけつ)、またはポットホールと呼ばれ、水流と小さな石の回転によって岩の表面にできたクボミです。数センチメートル程度の小さな穴がほとんどですが、時には数メートルにも発達し、武蔵嵐山渓谷の中には人が入れるほどのものもあります。
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もみじを発見!



































お疲れさま

 足許に気をつけて  お進み下さい ネ。







渓谷の自然 植物

 自然が豊かな武蔵嵐山渓谷には様々な植物が見られます。中でも特に目立つ名は、春先に白い房状の花を咲かせるユキヤナギです。また、梅雨の頃にはヒメウツギなどのウツギ類が白い花を咲かせます。大きな樹木ではケヤキが多くみられます、槻川の「槻」はケヤキの意味で、まさに槻川の流れにマッチした樹木です。紅葉に時期にはモミジやヤマザクラと共に見事な色を見せてくれます。かつてはアカマツも多く見られましたが、松枯れにより大きな樹はほとんどが無くなってしまいました。
 細原の半島状の地形の付け根付近に広がる草地には、ススキなどの根元にナンバンギセルという寄生性の植物がみられます。また、春にはワラビなど山菜類も多く見られます。また太平山の南斜面にはヤマツツジも多く、春には登山者の目を楽しませます。
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かつてあった旅館、松月楼 跡地に建つ展望台








展望台周辺








展望台前の渓谷








嵐山町名発祥の地の碑








満開のサザンカ

















♪~ 秋の夕日に照る山もみじ


























嵐山渓谷の歴史

 昭和のはじめの嵐山渓谷は、観光地としてたいへん賑わい、渓谷周辺には料理旅館の「松月楼」もあって、埼玉を代表する景勝地をひとめ見ようと、多くの人々が訪れていました。東武東上線の「菅谷駅」も昭和10年には、「武蔵嵐山駅」に改名され、駅から観光客の長い列ができたほどです。
 昭和14年6月、歌人の与謝野晶子は、娘と共に松月楼を訪れ、渓谷の自然などをテーマに「比企の渓」29首の短歌を詠みあげました。嵐山渓谷の半島部分には、与謝野晶子の歌碑が建立されています。             嵐山町・嵐山町観光協会
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与謝野晶子 歌碑




比企の渓  

.槻の川           .
赤柄の傘をさす松の
立ち並びたる  .
山のしののめ

  晶子
















半島の先端あたりで引き返します。








展望台まで戻りました

お供のスザナ






冠水橋












































下流








小川町方面 上流








畠山重忠と比企三姫




駐車場







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展示パネル、公式サイトを参考にしました。


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