
上智大学前
|
    
-------------------------------------
No.c399 四ツ谷の土手と千鳥ヶ淵の桜
No.c399 The cherry blossoms at Yotsuya's bank & Chidorigafuchi
Tokyo-To /Beautiful Japan
Photo 267 pieces/GreenSeason
◆四ツ谷の土手
◆雙葉学園
◆上智大学
◆イグナチオ教会
◆麹町学園
◆旧近衛師団司令部庁舎
◇桜、お花見、千鳥ヶ淵
出かけませんか?CandyBox
c399-Copyright(c) Candybox All Rights Reserved.
--------------------------------------
ページラスト |
四谷の土手
|

右手に雙葉学園
|
四ツ谷外濠の土手
    
|

左手に校舎
|
雙葉学園前
    
雙葉幼稚園・小学校・中学校・高等学校
1875年(明治8年)、来日したフランスのサンモール修道会(現:幼きイエス会)シスターにより、築地明石町に「築地語学校」が設立される。
1897年(明治30年)、あらたに東京の赤坂葵町に語学塾(英語・フランス語・西洋作法・西洋技法)を開き、その町名から「雙葉会」と名付けられた。(後に「あおい会」となる)。)これが現在の雙葉学園の校名の由来である。フタバアオイは2枚の葉をつける。それと同じように、西洋女子と日本女子が手を携えて欲しい、との願いが込められている。キリスト教を迫害した徳川氏の紋章でもあり、感慨深いとも書かれている。
1909年(明治42)、築地明石町に雙葉高等女学校を設立される。(初代校長はメール・セン・テレーズ)。翌年、メール・セン・テレーズは私財で現在の四ツ谷の土地を購入し移転するとともに雙葉小学校・幼稚園を併設した。 |
T
|

|
シャガ
    
|

|
ヤマブキ
    
|

|
セリバヒエンソウ(芹葉飛燕草)
    
セリバの名の通り、よく似た葉はセリ科に多い。ヤブニンジンやヤブジラミと混生していると区別がつきにくい。
一年草で繁殖力が強いということは、種子の発芽率が高いということか。 |
-樹げむのTreeWorld より引用-
|

|
ヤマブキとソメイヨシノ
    
|

|
菜の花とソメイヨシノ
    
|

|
左のビルは上智大学
見えませんが、木の後に聖イグナチオ教会
    
| イグナチオ教会は JR四ツ谷駅前にあるカトリック教会 |
|

|
私立 麹町学園 正面入り口のさくら
    
| 千代田区麹町3丁目にある、私立女子中学校・高等学校 |
|

|
代官町通り
    
|
 |
東京国立近代美術館工芸館
旧近衛師団司令部庁舎
    
|

北の丸公園
|


|
日本武道館
    
概要
1964年東京オリンピックの柔道競技会場として建設され、同年10月3日に開館した。設計は山田守、施工は竹中工務店(全国建設業協会会長から推薦されて決定)、総工費は当時の金額で18億円である。
法隆寺夢殿をモデルにした八角形の意匠が施され、大屋根の稜線は富士山をイメージしている。
普段は日本の武道(柔道・剣道・弓道・相撲・空手道・合気道・少林寺拳法・なぎなた・銃剣道・古武道)の稽古場、競技場として使用されている。
また、ダンス・マーチングバンド・バトントワリングの競技会に使われるほか、民放キー局が主催・放送していた、年末の音楽祭(1988年まで)、コンサートや格闘技(プロボクシング、プロレス、総合格闘技)の興行会場、大学や企業などの大規模な入学式・卒業式・株主総会の会場として、幅広く使用される。
文部科学省からの補助金は、2010年(平成22)度の場合、4240万7000円が交付されている。
また、関連施設として、千葉県勝浦市に日本武道館研修センターがある。 |
T
     前史
| 日本武道館のあたりは、元々太田道灌が江戸城を築城した際に、関東の守護神でもあった築土神社(旧・安田明神)が遷座した所で、後、徳川家康が入府した際に、関東代官であった内藤清成らの屋敷となったため、代官町と呼ばれていた。その後、徳川忠長や徳川綱重らの屋敷を経て、江戸時代中期以降は徳川氏の御三卿であった田安徳川家が屋敷を構えたが、明治維新後取り壊され近衛師団の兵営地となった。 |
*
|

 |
日本武道館 インフォメーション
    
交通アクセス
地下鉄:都営新宿線、半蔵門線、東西線
『九段下』駅より徒歩約5分 |
*
重要文化財 旧江戸城 田安門(たやすもん)
    
江戸城は、長禄元年(1457)に太田資長(道潅)によって創られたとされる。天正18年(1590)徳川家康の居城となり、文禄元年(1592)から大規模な改修が実施され、慶長12年(1607)に天守閣が、寛永13年(1636)に総構が完成し、大城郭としての形が整えられた。その後、明暦の大火(1657、この時天守閣を焼失)をはじめ、数度の大火に見舞われたものの、城郭の規模は幕末までほぼ維持された。
田安門は、北の丸北部に位置する枡形門であり、正面の高麗門と、その右手奥の櫓門からなる。門の創建年代は明らかではないが、現在の門は高麗門の扉釣金具に残る刻銘から寛永13年に建てられたものであると考えられている。櫓門の上部は破損のため大正末期から昭和初期にかけて撤去されていたものを、昭和36~41年度の修理で復旧整備したものである。田安門は、江戸城の総構完成当時に遡る現在唯一の建物であり、高い価値を有している。 |
*
|

千鳥ヶ淵
|


|
千鳥ヶ淵 インフォメーション
    
交通アクセス
東京メトロ東西線/半蔵門線『半蔵門』駅5番出口より徒歩5分
都営新宿線『九段下』2番出口より徒歩5分 |
*
千鳥ヶ淵
    
概要
千鳥ヶ淵は江戸開府後の江戸城拡張の際、局沢川と呼ばれていた川を半蔵門と田安門の土橋で塞ぎ止めて造られたお堀の一部である。1900年(明治33)に、現在代官町通りと呼ばれる道路が堀の中ほどに築かれ、半蔵濠と千鳥ヶ淵に分けられた。
千鳥ヶ淵付近は桜の名所として有名であり、桜の季節になると多くの人で賑わう。開花期間中、千鳥ヶ淵沿いの千鳥ヶ淵緑道では夜になるとさくらのライトアップが行われる。また、千鳥ヶ淵緑道内にはボート場が設けられていて、お堀でボートを楽しむことができる。
桜など陸上植物の他にも、水中や水辺には、水草、魚類、貝類、ヘイケボタルやトンボといった昆虫、オシドリなどの水鳥と、東京都心部では珍しく多様な生物が見られる。管理する環境省が景観と生物多様性、歴史性を保全するための「千鳥ヶ淵環境再生プラン」を進めている。
千鳥ヶ淵緑道を挟んだ先には1959年(昭和34)、千鳥ヶ淵戦没者墓苑が造られ、第二次世界大戦の折に海外で死亡した身元不明の日本人の遺骨が安置されている。 |
* 賑わう千鳥ヶ淵のボート
    
|

|
この日の天気予報は雨でしたが、
午後からは雲はありますが、こんなに晴れています。
    
|

|
高燈篭(常燈明台)
    
| 靖国神社正面の常夜灯として1871年(明治4)に建設されました。靖国神社に祀られた霊のために建てられたといわれています。 |
|

|
旧江戸城 田安門
    
|

|
牛が淵
    
*
|

|
桜
    
|

|
北の丸公園の ムラサキハナナ
    
|

|
千鳥ヶ淵
    
|
 |
    
*************************
お気づきのこと等がございましたら
ご一報ください。→: こちら!
************************* |