
ミニSL
このミニ SLは、昭和40年代半ばまでJR八高線で実際活躍していた9600型という SLの1/10の模型で、実物と同じように石炭をたいて走ります。
線路の全長は250mで、梅林の中をぬうように走る姿は、当時の雄姿そのままです。 |
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No.c401 越生梅林の梅まつり
No.c401 Ogose Plum Forest's Plum Festival
Saitama-Ken /Beautiful Japan
Photo 43 pieces/GreenSeason
◆越生野梅
◆越生べに梅
◆越生白加賀
◆緑萼しだれ
◆大盃
◆ミニSL
◇梅、梅まつり
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| なお、このミニ SLは、日本工業大学附属、東京工業高等学校機械科の実習教材として制作したものを、学校のご厚意により当園に設置したものです。 |
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梅まつり インフォメーション
   
所在地= 埼玉県入間郡越生町堂山113
期間=令和7年2月15日(土)~3月16日(日)
営業時間= 8:30~16:00 (ライトアップの日は19:30まで)
ライトアップ=2025年 2/22~3/1
お祭り期間中料金:中学生以上=500円
駐車場=普通乗用車 500円/回、マイクロバス 1,000円 |
交通アクセス
| 電車 |
東武『越生』駅・JR『越生』駅⇒川越観光バス里山行⇒
『梅林入口』下車、徒歩すぐ |
| 車 |
関越道『鶴ヶ島』IC⇒県道61号経由14km 30分 |
| 圏央道『圏央 鶴ヶ島』ICから県道61号経由15km 35分 |
| 関越道『坂戸西』IC(スマートインター)⇒県道39号経由12km25分 |
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| 園内には樹齢670年の古木「魁雪」をはじめ、白加賀、越生べに梅、八重寒紅など33種類、約1,000本の梅があります。 |
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越生梅林 越生町堂山
   
栽培面積、出荷量ともに県内一を誇る越生町の梅は、太宰府から天満宮を分祀した際に、菅原道真にちなんで梅を植えたのが起源と伝えられている。梅園神社(旧・小杉天満宮)には、観応(かんのう)元年(1350)の棟札が現存する。
室町時代の名将太田道灌の父道真は道潅に家督を譲った後、生越に館を構えていた。文人としても名を成していた道真のもとには、親交を結んでいた連歌師の心敬(しんけい)や宗祇(そうぎ)も訪れ、越生の梅を賞美した句を詠んでいる。
幕府が編さんした地誌『新編武蔵風土記稿』に「土地梅に宜しく梅の樹を多く植ゆ、実を取って梅干しとして江戸へ送る」とあるように、梅は江戸時代には特産品になっていた。
明治以降は観光地としても注目され、明治33年(1900)には保勝会が結成され、奈良の月ヶ瀬梅林にあやかり「新月ケ瀬梅林」と命名された。「入間川高麗川こえて都より来しかひありき梅園のさと」の歌をのこした佐々木信綱をはじめ、田山花袋や野口雨情も来遊している。
昭和17年(1942)には、越辺(おっぺ)川河畔の大字堂山字前河原を中心とする一帯が埼玉県の名勝に指定され、関東を代表する観梅の名所、埼玉県屈指の観光地として発展してきた。 |
| 令和2年4月30日 越生町教育委員会 |
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越生の白加賀
   
明治に入ると、越生梅林には、白加賀が多く植えられていきました。明治33年には地元有志らによる「古梅林保勝会」が結成され、会の事務所と休憩所として建てられた魁雪亭は、多くの文人墨客の杖を曳くところとなり、一躍観光地として脚光を浴びるようになりました。昭和に入ってから、特に40年代からは、越生梅林を始め、町全体で白加賀を中心とする梅の生産が盛んになり、栽培面積、出荷量ともに県内一を誇る梅の生産地となりました。昭和15年に埼玉県の指定名勝となった越生梅林は、名実ともに関東三大梅林の一つに数えられる観梅の名所になりました。
今では、町全体でも、この越生梅林でも約7割を白加賀が占めています。開花の一番遅い白加賀は3月に一斉に満開になり、あたり一面が白霞にかかったように咲き誇ります。
実は、果肉が厚く果汁が豊富にあり、梅酒や梅ジュースに最適で梅干しにも利用される万能型の品種として、町内外から人気があります。 |
| 令和6年1月 越生町・一般社団法人越生町観光協会 |
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魁春(かいしゅん)
古木「魁雪(かいせつ)」の分枝
   
| 南北朝時代から毎年花を咲かせ続けている古木魁雪は、越生町で最も古い梅の木であることから、分身として二本の枝を植樹しました。名前は「魁春」と「魁香」。古木魁雪と色も形も全く同じ花が春にさきがけて咲き誇り、馥郁(ふくいく)たる香りを乗せて人々に届けます。 |
| 令和6年1月 越生町/一般社団法人越生町観光協会 |
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大盃(おおさかずき)
   
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イベント用の舞台です
   
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越生野梅(おごせやばい)
保存木 第34号
   
元号「令和」は日本最古の歌集「万葉集」を典拠とし、梅花の歌序文から引用されました。梅はその和歌に数多く取り上げられているように奈良時代から花見といえば梅を観賞することとされ、歌人を始め、いろいろな人々に愛されてきました。
越生野梅は、そのころからこの越生梅林にあったとされ、野梅系であることから「越生野梅」と呼ばれるようになりました。越生町で最も古い梅の木は、この越生梅林にある越生野梅の「魁雪(かいせつ)」で、南北朝時代から実をつけて来ました。他にも江戸時代からある古い木は40本もあります。早咲きの紅梅に続いて白い花を咲かせる越生野梅。毎年大勢の花見客が紅梅と白梅の美しさに魅せられます。
太田道灌は父道真に遭うために、たびたび越生を訪れています。きっと、越生野梅の花を愛でたことでしょう。 |
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越生町を代表する三種類の梅
   
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佐布里梅(さぶりうめ)
   
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八重寒紅(やえかんこう)
   
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売店
   
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シナマンサク
   
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沈丁花(じんちょうげ)
   
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お供は、スザナです。
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福寿草(ふくじゅそう)
   
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玉牡丹(ぎょくぼたん)
   
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呉服(くれは)しだれ
   
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見驚(けんきょう)
   
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緋梅(ひばい)
   
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鹿児島紅(かごしまこう)
   
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古木「魁雪」
   
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八重唐梅(やえとうばい)
   
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梅の木に寄生した苔
   
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露店
   
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小梅
   
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南高(なんこう)梅
   
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埼玉県指定名勝 越生の梅林
   
越生の梅は、太宰府から小杉天満宮(現梅園神社)を勧請した際に、菅原道真に因んで梅を植えたのが起源と伝えられている。
江戸時代には、既に梅は越生の特産品で、生梅を出荷していた記録もある。
明治になると観光地としても注目されるようになり、明治33年には地元有志らが「古梅林保勝会」を結成し、翌年には、越辺河岸の一面が奈良の月ヶ瀬梅林にあやかって「新月ケ瀬豊楽園梅林」と命名された。
同年、歌人で国文学者の佐々木信綱が来遊し、「入間川、高麗川こえて都より来しかひありき梅園のさと」の歌をのこした。
昭和17年(1942)には大字堂山字前河原を中心とする約2ヘクタールが埼玉県指定名勝「越生の梅林」に指定され、関東屈指の観梅の名所へと発展する礎となった。 |
| 平成28年3月 越生町教育委員会 |
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越生べに梅
   
戦国時代あたりから、梅干しは保存食としてだけではなく、戦での傷の消毒や病気の予防にも欠かせないものになっていました。江戸時代になると、梅干しの食べ方にも工夫が施され、明治時代からは、弁当になくてはならないものになりました。
越生梅林のべに梅は1800年代には江戸に出荷されていました。現在栽培されている越生べに梅は、昔からあるべに梅が引き継がれ、改良されてきたものです。花は白色ですが、実は完熟に近づくとフルーティーな芳香を放ち実の表面が紅色に帯びてくることから「べに梅」と言われるようになりました。薄皮であることから梅干しに最適の品種で、果肉が厚く香りが高いことからも好評を博しています。
町では、この越生固有のべに梅を幅広く周知するため、令和元年5月に「越生べに梅」のロゴマークを商標登録しました。 |
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緑萼(りょくがく)しだれ
   
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武蔵野
   
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令和6年越生梅林投句入賞作品と投句箱
   
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越生野梅と舞台
   
庚申(こうしん)さまの由来
   
人の体内には、目に見えない「三尸(さんし)」と云う三匹の虫が住み、一匹は体を飾る黒色の虫で頭の中に住み、おしゃれで虚栄心が強く、もう一匹は青色の虫でグルメ狂でおいしいものばかり食べたがる美食家です。他の一匹は白色の虫でお腹の中に住みつき性道徳をみだす色情狂の虫である。
頭と背中とお腹に住む三匹の虫が人にこのような行動をさせておきながら60日に1度の「庚申」の夜、人が寝ている間に体内から抜け天に昇り、帝釈天に人の行動を報告し、帝釈天は人の善悪に応じて寿命を縮めたり地獄へ落としたりするので、人は三匹の虫が体から抜け出し庚申さまの夜に告げ口しないよう徹夜で番をしたり、庚申さまのお使いの「見まい、聞くまい、話すまい」の三匹の猿をまつり、悪行を告げないでほしいとお詣りしたのです。また体内から三尸の虫を追い出すため「形代(かたしろ)」の紙人形を作り、虫を宿らせ川に流し祈願しました。
又、「虫封じ」や「みそぎ」等の儀式は三尸の虫を封じ体内に入らないよう水で体を洗い清めたものです。又、庚申さまは山王21社権現の青面金剛で、道路の辻にまつり旅人や馬を「蛭(ひる)」から守ったり、交通安全の守護神として古来より多くの人々に信仰されて居ります。 |
| 平成13年春彼岸 |
| 寄進者:額 当所田島芳二・東松山市 (株)ねぎし・最勝寺住職隆聖 |
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