
1 設計 伊東豊雄
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No.c436 ヤオコー川越 美術館
No.c436 Yaoko Kawagoe Museum
Saitama-Ken /Beautiful Japan
Photo 38 pieces/GreenSeason
◆画家・三栖右嗣
◆建築家・伊東豊雄
◆株式会社ヤオコー
◆マルガリータ、リエ、少年、婦人、O婦人、トモコ、中国少女
◆コスモス、秋果 葡萄、店先、林檎のある風景、林檎の樹
◆錦秋洛北、秋日、爛漫、オホーツク、道、冬 放牛風景
◇川越ヤオコー美術館、三栖右嗣記念館
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エントランス
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インフォメーション
   
所在地=〒350-0851 埼玉県川越市氷川町109-1
お問い合せ先=049-223-9511
開館時間=10:00~17:00(入館は16:30まで)
入館料=一般:300円(入館料+飲み物セット:500円
. 高校生・専門学校生・大学生:200円
. 中学生以下(団体の引率者含む):無料
. 団体(20名以上):各100円引
. 障害のある方と介助者1名(手帳提示):無料
休館日=月曜日(祝日の場合は開館)
無料駐車場=有り15台 |
交通アクセス
◆JR・東武東上線『川越』駅東口-東武バス⑦番乗り場
埼玉医大・上尾駅西口・平方・川越運動公園行き『川越氷川神社』下車 |
◆西武新宿線『本川越』駅-東武バス⑤番乗り場
埼玉医大・上尾駅西口・平方・川越運動公園行き『川越氷川神社』下車 |
◆小江戸巡回バス
JR・東武東上線『川越』駅西口-②番乗り場『氷川神社前』下車
西武新宿線『本川越』駅-小江戸巡回バス乗り場『氷川神社前』下車 |
◆小江戸名所めぐりバス
JR・東武東上線『川越』駅東口-③番乗り場『川越氷川神社』下車 |
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エントランス
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三栖 右嗣(みす ゆうじ)の生涯
   
| 1927 |
昭和 2年 |
神奈川県に生まれる |
| 1952 |
昭和27年 |
東京芸術大学(安井教室)卒業 |
| 1955 |
昭和30年 |
一水会に『室内』で初出品 |
| 1975 |
昭和50年 |
沖縄海洋博覧会「海を描く現代絵画コンクール」に『海の家族』を出品、大賞受賞 |
| 1976 |
昭和51年 |
第19回安井賞展に『老いる』を出品、安井賞受賞 |
| 1970~2000年代 |
多数の個展を開催 |
| 1981 |
昭和56年 |
石版画集『林檎のある風景』を刊行。 |
| 1983 |
昭和58年 |
毎日新聞社よりリトグラフ4曲一双屏風『紅梅図』刊行 |
| 2010 |
平成22年 |
4月18日逝去 |
| 2012 |
平成24年 |
ヤオコー川越美術館(三栖右嗣記念館)開館 |
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展示室 1
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| 2つある展示室の第1室。中央に一本、光輪の上に乗るキノコのような末広がりの太柱が、天井に溶け込み部屋を支えています。伊東豊雄らしいファンタジックな造形です。 |
伊東豊雄 |
| 1941年 京城市(現ソウル)に生まれ、その後父の郷里の長野県下諏訪町で育つ。1965年東京大学工学部建築学科卒業後、菊竹清訓建築設計事務所勤務を経て、1971年にアーバンロボット設立。1979年に伊東豊雄建築設計事務所に改称。主な作品に、せんだいメディアテーク、TOD'S表参道ビル、多摩美術大学図書館(八王子キャンパス)、2009高雄ワールドゲームズメインスタジアム(台湾)、今治市
伊東豊雄建築ミュージアム、今治市 岩田健 母と子のミュージアム、台湾大学社会科学部棟(台湾)など。日本建築学会賞作品賞、ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞(2002年に生涯業績部門、2012年に国別参加部門でコミッショナーを務めた日本館が受賞)、王立英国建築家協会(RIBA)ロイヤルゴールドメダル、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、プリツカー建築賞など受賞。 |
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マルガリータ 1995年/油彩/12号
   
スペインで描かれた少年少女の人物画は、こぼれんばかりの笑顔を見せるものが多いのですが、この少女は、なにか引き込まれるような不安げな表情を見せています。
実は三栖の知人のお嬢さんがモデルとなっており、それで少し羞じらっていたのかも知れません。 |
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リエ 1985年/油彩/6号
   
| クラシックバレエの教師であった三栖の知人の生徒がモデルです。「リエ」さんはこのほかの作品のモデルにもなっています。どれも清々しい一途さが滲む表情が印象的です。 |
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コスモス 1996年/油彩/20号
   
| 三栖は好んで花を描いていましたが、中でもコスモスは最も多く描かれています。バスケットや壺に挿された色とりどりのコスモスは、観る者に平安をもたらします。三栖の花の絵には多くの愛好家がいます。 |
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秋果 葡萄 1980年/油彩/10号
   
| 白布の果物を三栖は好んで描いていました。暗闇の背景とざっくりと皺を寄せた白布に、一房の葡萄と乾いて縮む葉が浮かんでいます。光は葡萄の一粒一粒の中にまで届いています。 |
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少年(リュック) 1998年/油彩/12号
   
| 麦わら帽子にリュックを背にした少年。夏休みのハイキングでしょうか。陽射しを受けて佇む少年の純真さに思わず虚を衝かれるようです。 |
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店先 1979年/油彩/30号
   
昭和54年(1979)はマドリードの画廊で大々的な個展が開かれ、三栖にとり晴れがましい年でした。前年も取材に訪れたスペインでは各地方を廻り、溢れるほどの画材から多くの名作が描かれました。 中略
異なる質感と光が交差するこの果物屋は、三栖にとって胸躍る場所であったと思われます。 |
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O婦人 1980年/油彩/12号
   
| 知人がモデルとなりました。印象的で華やかな帽子、夏服、肌、それぞれの質感が諧調され、優雅な人物画となっています。 |
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道 -年/油彩/8号
   
| 北海道での取材による風景には牧場、サイロ、牛や牛舎が登場しています。その他に「道」を画面の主役とした作品も多く描かれています。本作は、十勝付近を描いたものと思われますが、サイロの見える牧場を過ぎても、道はさらに一直線に続いています。 |
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冬 放牛風景/油彩/10号
   
| 放牧されたホルスタイン種の乳牛が一カ所に集まっています。地面の雪は所々に土が混じり、ぬかるんでいるのかもしれません。透明感のある空と空色が刷かれた残雪が美しい調和をもたらしています。三栖の取材先でもあり、酪農が盛んな十勝地方の光景と思われます。 |
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冬野/1991/油彩/120号
   
アトリエの隣地に広がる小麦畑、畑に1本だけ残されていた枯れたひまわりは、意志を持つかのように大きな頭を垂れています。雀達には落ち穂探しの合間の遊び場となっているようです。
中略
三栖はいわば定点観測のようにして、いのちと再生のドラマを眺めていた事でしょう。 |
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リンゴのある風景(老樹のある)/-年/油彩/50号
   
| 葉を繁らせる姿とは別な造形を見せる二本の林檎の樹。版画を含めほとんどの“林檎シリーズ”の作品で葉を落とした樹を描き続けた三栖。地面に置かれた林檎が寄り添う樹々の物語を書き残したのでしょうか。 |
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林檎のある風景/-年/油彩/80号
   
長野の林檎園で、太い幹の前にどっかと座りスケッチをする三栖の写真が残されています。林檎シリーズは樹下を描いたものが多く、その樹下から遠景を望む独特な風景が描き出されています。中略
三栖は林檎のみならず樹そのものにも愛着を抱いていたようです。 |
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オホーツク/1971年/油彩100号
   
昭和40年(1965)に入ると精力的に北海道の取材が始まります。西は積丹(シャコタン)から東は知床までの各地の作品が残されています。本作は知床の砂嘴(さし)に傾いたまま放置された木造船を画面の大半にとらえ、見る者に衝撃を与えます。中略
本作からは「生死」「無常」「再生」といった言葉が浮かんできますが、作品を描き上げた昭和46年(1971)には“沈黙の10年”が過ぎ去り、発表活動が再開されました。 |
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中国 少女/1980年/油彩/100号
   
昭和54年(1979)、現代日本画展が中国で、北京を皮切りに開催されましたが、三栖は「老いる」を出品し、この時初めて中国を訪れました。
その際見かけた街中の子供達に創意を得、翌年再訪した際に描かれた少女の姿です。家の外で、汁椀を片手にスプーンでかき込む幼女です。
食べるという行為の厳粛さと、何よりも幼女の無心さが名作を生みました。 |
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錦秋洛北/1999年/油彩120号
   
| 京都を巡った旅で生まれた作品です。枝葉のみが拡がる画面から、圧倒されるような黄葉に見せられた様子が伺えます。 |
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爛漫/1997/油彩150号
   
| 降りそそぐように咲く桜の下で母子が憩う情景です。桜シリーズの中で、唯一人物が入りこんだ作品です。この母子の姿は三栖がどこかで見かけたものでしょうか。それとも三栖には珍しく意図された設定でしょうか。どこか懐かしさが漂うこの母子は、三栖の心中に居続けた母子像かもしれません。 |
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秋日/1999年/油彩/120号
   
| 大画面を覆うように描かれた紅葉。秋の光を受け、目に鮮やかなその朱は、心の琴線に触れる日本の色かもしれません。紅葉の向こうには、孫を見守る祖母の姿が見えます。2年前に制作された作品の上部をカットしこの年再登場した作品です。 |
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北の街/1971年油彩/30号
   
| 雨上がりの濡れた道路は、薄日が差してきた空を映し、海へと続いています。その道路を横切ろうとする犬、立ち並ぶ家々の様子やディティール、そして時間までもが愛おしむように、そのまま画面にとどめられています。三栖が起死回生の思いで向かった北海道で、釧路取材の本作を含め、優れた作品が残されました。 |
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展示室 2
   
| 曲線使いに特徴のある 伊藤豊雄 建築の真骨頂、円形の天頂からの光が、吊り下げられた円盤からの光と呼応、ブルーの環状シルエットを天井に描き、室内の光量をなごませます。 |
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ラウンジ
あじさい
   
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桜の下でスケッチをする、若き日の三栖の姿。
   
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三栖右嗣の愛用品
   
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自画像 1950年/鉛筆
自画像のためのデッサン
   
1927年生まれ。子供のころから絵が得意で、授業中に友達を書いていました。
サクラやコスモスなどの花の絵をはじめ、寂しい風景でもどこか温かく、そんな彼の作品に惹かれてヤオコーがこの美術館を造りました。 |
| 東京芸術大学在学中の作品です。卒業制作の他に自画像の制作が義務づけられており、その為に描かれたデッサンの内の一枚です。特に発表を前提としていない素描による自画像は、後年のダイナミックな作品群からは想像しがたい三栖の内に秘められたナイーヴな人間像がよく見てとれます。 |
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美術館で PIANO を弾いてみませんか?
   
日時:毎月第二日曜日13:00~16:00
対象:ピアノ経験者ならどなたでも
場所:ヤオコー川越美術館ラウンジ |
◆一日9名の予約制となります。
◆演奏時間はお一人様10分です。
◆演奏前にて指の消毒をお願い致します。 |
開催日2週間前からお電話にて受付を致します。
TEL=049-223-9511(10:00~16:00 月曜休館) |
----------◆演奏者の方へお願い◆----------
・絵画鑑賞の妨げにならない曲をお選びください。
・三脚等を使用した大がかりな撮影はご遠慮ください。
・ピアノの練習にはご利用なさらないで下さい。 |
皆様のご理解ご協力をお願い致します。
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爛漫/1996年油彩/500号
   
| 美術館で人気ナンバーワンの作品です。ヤオコーのために描いてもらった作品で、「お店がもっと繁栄できるように」という願いをこめて描いてもらいました。よく見ると、左下には「青い宝石」と呼ばれる鳥(カワセミ)が飛んでいます。カワセミは他の作品でも何度か登場するモチーフです。 |
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林檎の木(EA ed.75)/1981年/リトグラフ
   
| 冬の林檎園も三栖にとっては魅力のある素材でした。葉が落ち、枝ぶりが露になると、古木は個性のある姿で現れます。ツンツンと突き出る特徴ある樹冠や幹、樹肌が語り出します。解墨(ときずみ)の濃淡で生きる姿を写しとりました。 |
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室内/1955年/油彩/100号
   
昭和30年(1955)、一水会に初出品した作品。本作には様々な仕掛けが施されているようです。物語の一場面のようでもあり、よく見れば登場人物は各々別なことをしており、たまたま居合わせたようでもあります。中略
当時28歳の三栖が一水会への出品に向けて、本作で人物表現、布や家具の質感、さらに不思議な場面設定で持てる技量と感性を全て入れ込んだような意気込みが感じられます。プロフェッショナルとしての画家のスタートでした。 |
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婦人(手帳)/1986年/油彩/8号
   
| 手にした手帖に目を落とす女性。女性の位置は画面中央に置かれず左寄りとなって腕の部分がカットされています。“肖像画”ではなく、三栖が描きたかったものが主役だからです。艶やかな髪、反射光に浮かぶうつむいた顔、白いブラウス、赤い肩掛け、ネックレスに差し込む光がその主役です。 |
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トモコ /1986年/油彩/20号
   
三栖の知人のお嬢さんがモデル。三栖は彼女が幼い頃より折々にスケッチをしていました。少し大人になったトモコが、若い娘らしい柄の浴衣で、遠くでも近くでもない場所をゆったりと見つめています。
背景の向日葵りはややくすみ、首を垂れ密生しています。未だ未来が定まらない若さと相俟って、画面に不思議な空気が流れ出します。 |
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八百幸(現ヤオコー)1号店
   
ヤオコーは、埼玉県比企郡小川町の商店街の一角に、川野幸太郎が開いた青果店「八百幸商店」をルーツとします。
あとを継いだ幸太郎の三男・川野清三の代になると野菜・果物から、鮮魚・乾物まで取り扱うようになり、さらにお中元やお歳暮などの「進物」品がよく売れ、「小川町のデパート」と称されるほどの、繁盛店となりました。
戦中から戦後にかけ、清三の弟・川野荘輔の妻、川野トモが店長の役割を担い、夫と共に店をきりもりするようになります。
1957年「八百幸商店」は「有限会社 八百幸商店」となります。
1958年川野トモの英断により、セルフサービス方式を導入、スーパーマーケットへ業態を転換します。
1968年、株式会社へ改組、1972年からチェーン店の展開を始め、1974年、商号を「株式会社ヤオコー」に変更し、発展を続けます。
1985年から、荘輔・トモの長男・川野幸夫が代表取締役社長に、それまで社長として経営を担ってきた川野トモは会長に就任、翌1986年から本社を小川町から川越へ移します。
1990年代からは、他県へのチェーン店展開が開始され、千葉県、群馬県、栃木県、茨城県へと出店地を拡大していきます。
その間1997年、東証一部上場を果たします。
2006年 東京都に、2010年には神奈川県にも進出し、関東全域にチェーン展開を遂げるスーパーマーケットとしての地位を築き、今日に至ります。 |
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ラウンジ カウンター
   
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ラウンジ風景
   
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イーゼルの絵
   
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お気づきのこと等がございましたら
ご一報ください。→: こちら!
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